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定食屋さんに訪れるような感覚で見て戴けたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選び下さい。
2022年04月29日 (金) | 編集 |
【この記事を上に固定してお知らせ】 
去年まではほぼ毎日更新していたブログ。
とある事情により、まるっと気持ちが削がれ更新頻度が少なく
なっている
のは変わらずですが、皆さんとは何とか普通に
お話が出来るよう頑張って保っている
つもりです。
「ここ行って良かったよ」「あの店美味しかったよ」
…など、何処かへ行った時には記録としても残しておきたく、
記事は必ず書こうと思っていますので、その時は一時的に
元に戻るかも知れません。

コメントがありましたらお返事はなるべく早めにしますが、
もし遅くなってしまったらその時はゴメンなさい。

いつも通っているブログさんへはこちらも同様に
お邪魔出来る回数が少なくなってしまうと思いますが、
必ず読みに行かせて頂きますのでよろしくお願い致します。


関連記事:「人生リセットボタン」欲しい?
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3878.html
一生残る心の傷を受け、少しだけ生きる意味を失っています。
妻帯者の人はたとえ奥さんに至らないところがあっても、
まず家庭を大事にして欲しい。人として他所の女に
「お手つき」する事だけは絶対にイカンです。

新しい記事はこの下にぶら下げますので
そのままスクロールしてみて下さい。
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テーマ:伝えたいこと
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2022年05月25日 (水) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人はその1からどうぞ。
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鎌倉宮にかけてあった絵馬。

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【厄割り石】
1:「かわらけ」に息を吹きかけ自分の中にある厄をのせる。
2:「厄割り石」めがけてかわらけを投げ、厄を割る。
※割れなかったら割れるまで続けましょう。
「石をしっかり見つめて投げるのがコツ」とありました。

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【おまけ】
最初の鳥居の側にあったみかんの木。
高田みかん」(こうだみかん)という種類だそうです。
高田みかんは、日本武尊の父「景行天皇」が九州に御征西中、
肥後八代の高田に植えられたという日本最初のみかんだそう。

20220326_鎌倉宮_046

護良親王の墓所(宮内庁管理)は鎌倉宮から近い所にあります。
私たちは時間の関係でお墓にはお参り出来ませんでしたが、
時間に余裕がある方は行かれてみては如何でしょう。


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テーマ:神奈川
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2022年05月25日 (水) | 編集 |
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御神苑の方へは行かずに引き返す。

20220326_鎌倉宮_020

社務所前に虎のぬいぐるみが置いてあった。
背に鞍を乗せたでっかいねこ。何これ可愛い。

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でも見て欲しいものは虎じゃなくて、きっとこの鞍。

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----------------------------
 この鞍は、今から332年前の元禄二年(1689)の作との
刻印があり、大正十五年(1926)に本多正憲子爵が鎌倉宮に
奉納されたものです。
 ちなみに、本多正憲子爵は、下総国舟戸藩(現千葉県柏市
舟戸)藩主・本多三弥左衛門正重の子孫です。三弥左衛門正重
は、本多佐渡守正信(徳川家康の信頼厚かった謀臣)の弟。
 あの織田信長から「海道一の勇士」と賞賛された、
槍を得意とした剛勇の武将です。
 なお、この鞍が作られた元禄二年は、あの松尾芭蕉が
「奥の細道」の旅に出た年でもあります。


---------------------(説明文より)

鞍を乗せた虎の足元に、猫ちゃんの写真がいっぱい。
…と思ったら宮司さんが猫好きだからなんですね。
同じ猫派の人には親近感がわく。

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【亀若丸】
長寿を願い亀若丸さんを撫でたあと、
折り鶴をひとつ持ち帰る。鶴と亀で健康長寿に。
初穂料100円。

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寄り道ばかりしてしまいましたが、お参りしましょう。

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鎌倉宮 
https://www.kamakuraguu.jp/
御祭神/護良親王
----------------------------
 鎌倉宮の御祭神である大塔宮・護良親王は、幼少より英明・
勇猛な御方でした。 比叡山延暦寺の天台座主となられた親王は、
父帝・後醍醐天皇が目指された理想の為に御自ら奮闘・活躍
され、遂に鎌倉幕府打倒を果たされて平和な世を実現、
征夷大将軍・兵部卿に任ぜられました。 
 しかし、足利尊氏の陰謀によって鎌倉二階堂に幽閉の御身
となり、建武2年(1335)旧暦7月23日、御年28歳にて
苦闘のご生涯を閉じらたのです。
 明治天皇は、親王への追慕の念が真に篤く、明治2年
(1869)勅旨を以て一社をご創建され御自ら社号を鎌倉宮と
定められ、永く親王の御霊を祀られました。
 そして同6年(1873)には明治天皇の行幸を仰ぎ、
官幣中社に列格されたのです。

----------------(鎌倉宮 公式サイトより)

拝殿奥には御本殿。

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その隣には「村上社」

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護良親王の忠臣、村上彦四郎義光公の像。
ここでは「身代わり様」と呼ばれているようだ。
自分の治したい所、よくして欲しい箇所を撫でたあと、
絵馬に願いを書いてお参りをします。

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----------------------------
撫で身代りの由来 
 村上義光公は護良親王の忠臣にして元弘三年(1333)正月
吉野城落城の折、最早これまでと覚悟を決めた護良親王は、
別れの宴をされました。
 そこへ村上義光公が鎧に16本もの矢を突き立てた凄まじい
姿で駆けつけ、親王の錦の御鎧直垂をお脱ぎいただき、
自分が着用して「われこそは、大塔宮護良親王ぞ、
汝ら腹を切る時の手本とせよ」と告げて腹を一文字に掻き切り、
壮絶な最期をとげ、その間に親王は、南に向かって落ちのび
ました。
 このように身代わりとなられた村上義光公を境内の
樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ「撫で身代り」として入魂
致しました。


------------------(鎌倉宮 案内板より)

【宮さまの盾】
大事にしたい縁、守ってもらいたいことを盾に書いて奉納。
大事な縁を守っていただけるそうです。

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★その3に続く。
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テーマ:神奈川
ジャンル:地域情報
2022年05月24日 (火) | 編集 |
よさこいのスタイルにも色々あるけれど、
個人的には和テイストを取り入れたのがカッコよくて好き。
YouTubeで幾つか観て良いなと思ったものを貼り。

JR九州櫻燕隊 かごしま春祭大ハンヤ2018 大賞受賞演舞

↑ JRの職員さんによるよさこい。
最初は応援団風だけど、途中から和に変わる。

神戸学生よさこいチーム湊 「海継」 龍馬よさこい2018
JR京都駅駅前特設会場〜2,3回生演舞〜


↑ 神戸の学生さんたちによるよさこい。

水戸藩YOSAKOI連 一刀 八重桜まつり 
静峰ふるさと公園 よさこいソーラン響宴 1部 2018/4/22



百華夢想 京都さくらよさこい 2022
さくよさ 2日目 パレード演舞



プロ集団が踊るよさこい動画も引っかかってきたけど除外。

「よさこい」というと衣装から踊りまでどこのチームも
似たり寄ったりな雰囲気になりがちだけど、
独自のカラーを出している所は素敵だなって思う。
中でも学生さんの踊りは元気いっぱいで良いね。
心が揺さぶられるのは皆さん同じかな?


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テーマ:日本文化
ジャンル:学問・文化・芸術
2022年05月24日 (火) | 編集 |
2022.3.26 参拝 
「鎌倉宮」にやって参りました。
この日はほんのちょっとお天気が悪かったかも。
写真が暗っぽいのはそのせいです。

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鎌倉宮は護良親王を御祭神とする神社です。
護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕の動きに呼応し
幕府軍と戦いました。幕府が滅亡し天皇親政が復活すると
征夷大将軍に任じられましたが、その後足利尊氏と対立。
捕えられ、28歳の若さで非業の最後を遂げました。

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疫病退散の幟。

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時期は過ぎてしまいましたが「懐良親王お手植えの梅」。
征西大将軍懐良親王は、征夷大将軍護良親王の弟宮にあたる。
この梅は九州八代から移植されたものらしい。

20220326_鎌倉宮_007

----------------------------
「将軍梅」は、懐良親王が「日本三代合戦」の一つと云われる、
「筑後川の戦い(大保原の戦い、正平14年・1359)」に
勝利された際、両軍の犠牲者への手向けとしてお手植えされた
もので、親王の勇ましくもお優しい、御心が偲ばれます。
明治時代、懐良親王を祀る八代宮が熊本・八代に創建された際、
その境内に移植され、やはり明治の聖代に、八代宮より鎌倉宮
にも「将軍梅」が奉納、移植されたと伝わります。


-----------------(説明文より一部抜粋)

【獅子頭守】
「御祭神護良親王が出陣の際に、ご自分の兜の中に入れた」
という由緒があるもの。神社の授与品ですが、
木に沢山ぶら下がっていました。

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手水舎。
ここにも獅子頭守がいっぱい。

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コロナ対策で水が張られていないのでアルコールで。
こういう時代いい加減早く終わりにしてほしい。
普通に清めたい。なんか違うんだよ、こうじゃないんだよ。

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ウクライナ募金やってました。一口500円。
協力のお礼として、ウクライナの国旗の色に奉製された
「丈長(巫女の髪を結わくもの)」が頂けるとか。

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社務所の方へ…

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社務所向かって左手側に進むと宝物殿・御神苑。
ここより先は有料拝観となります。護良親王が幽閉されていた
土牢もこの奥にありますので時間があるかたは是非。
(行っておけばよかった…)

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20220326_鎌倉宮_019

★その2に続く。
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