FC2ブログ
定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
| Login |
2020年01月10日 (金) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3052.html
最後まで一気に写真を貼っていきますよー。

「屏風折れの石垣」辺りまでやってきました。
写真は撮りませんでしたけど、ちなみにここを覗き込まないと
石垣は見れません。

20190529_kinojyou_062.jpg

20190529_kinojyou_063.jpg

少しウロウロしてみましょう。

20190529_kinojyou_064.jpg

高い場所に石碑がたててありました。

20190529_kinojyou_065.jpg

20190529_kinojyou_066.jpg

昭和十二年四月建立と書かれてあります。
ここで旅の記念写真を撮るには絶好のポイントです。

20190529_kinojyou_067.jpg

20190529_kinojyou_068.jpg

「温羅舊跡」と書かれた石碑もありました。

20190529_kinojyou_069.jpg

積み重なった小さな石が幾つも。
何かがお祀りされているのでしょうか?

20190529_kinojyou_070.jpg

土塁もありました。

20190529_kinojyou_071.jpg

現在地はこのへん。

20190529_kinojyou_072.jpg

《北門跡》
ようやくココまでやってきました。
20190529_kinojyou_073.jpg

20190529_kinojyou_074.jpg

20190529_kinojyou_075.jpg

20190529_kinojyou_076.jpg

20190529_kinojyou_077.jpg

20190529_kinojyou_078.jpg

20190529_kinojyou_079.jpg

20190529_kinojyou_080.jpg

20190529_kinojyou_081.jpg

《礎石建物跡》
鬼ノ城の真ん中あたりにあります。

20190529_kinojyou_082.jpg

20190529_kinojyou_083.jpg

20190529_kinojyou_084.jpg

20190529_kinojyou_085.jpg

20190529_kinojyou_086.jpg

20190529_kinojyou_087.jpg

《角楼跡》付近。
「のろし場」なる物がありました。

20190529_kinojyou_088.jpg

20190529_kinojyou_089.jpg

ここからも良い景色を眺める事が出来ます。

20190529_kinojyou_090.jpg

20190529_kinojyou_091.jpg

20190529_kinojyou_092.jpg

一周まわって元の場所に戻ってきました。
鬼ノ城に到着したのが15:30で、じっくりと散策しながら下の
写真を撮影したのが17:04。かなり時間をかけましたが、
良い運動にもなったし結構楽しかったです。

20190529_kinojyou_093.jpg

【おまけ】
鬼ノ城よりもう少し車で走らせた場所に「鬼の差上げ岩」
なる物があるらしいので見に行こうとしたのですが、
駐車場に駐めたところで時間的に無理かも知れない事が判明
(一応、案内板だけは撮影してきました)。ココでもやっぱり
郷土愛バリバリな超地元民さんが話しかけてこられて、
(静岡から車で来たと言ったらやっぱり驚かれましたよw)
「この時間だと着いた頃には真っ暗になるし危ないから、
あまりオススメはしないよ」だそう。なのでいつかまた岡山に
訪れた時の楽しみにとっておく事にしました。

20190529_kinojyou_094.jpg
※これを撮った時点で時刻は17:24。
場所は総社市奥坂の岩屋地区。

ちなみに私たちに話しかけてこられた地元の男性曰く、
「昔の鬼ノ城は木が鬱蒼としてちょっと怖い場所だったけど、
発掘調査をしてからあそこまで綺麗になった」のだそうです。
他にも岡山について色々と面白い話を聞かせてくださり、
ここでも楽しい時間を過ごす事が出来ました。


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
テーマ:岡山県
ジャンル:地域情報
2020年01月08日 (水) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3052.html

《第4水門跡》
20190529_鬼ノ城_036

20190529_鬼ノ城_037

《東門跡》
20190529_鬼ノ城_038

20190529_鬼ノ城_039

20190529_鬼ノ城_040

20190529_鬼ノ城_041

20190529_鬼ノ城_042

ここから見える景色もまた良い感じ。
カメラを左から右に。

20190529_鬼ノ城_043

20190529_鬼ノ城_044

門の場所から見たところ。

20190529_鬼ノ城_045

《鍛治工房跡》
草木が生い茂り案内板を見ても何が何だか…
20190529_鬼ノ城_046

20190529_鬼ノ城_047

20190529_鬼ノ城_048

20190529_鬼ノ城_049

20190529_鬼ノ城_050

《第5水門跡》
20190529_鬼ノ城_051

20190529_鬼ノ城_052

20190529_鬼ノ城_053

20190529_鬼ノ城_054

20190529_鬼ノ城_055

20190529_鬼ノ城_056

20190529_鬼ノ城_057

20190529_鬼ノ城_058

上の案内板の写真と比べて撮ってはみたが…
ここも草木が生い茂っていてもうワケがわかんない。
一体どこに何があるのやら…

20190529_鬼ノ城_059

20190529_鬼ノ城_060

20190529_鬼ノ城_061

★その4に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3059.html


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
テーマ:岡山県
ジャンル:地域情報
2020年01月08日 (水) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3052.html

20190529_鬼ノ城_007

鬼ノ城
詳細についてはこちらのリンクからどうぞ。
http://www.city.soja.okayama.jp/kanko_project/kanko/kannkou_bunnka/kankouti/kinojyo/kinojo.html

「西門跡」からスタートします。
ここから見る景色は辺り一面を見渡せて凄いです。

20190529_鬼ノ城_008

20190529_鬼ノ城_009

《西門の復元》
20190529_鬼ノ城_010

----------------------------
 西門跡は、きわめて良好な状態で残っていました。
12本の柱の位置と太さ、埋め込まれた深さ、各柱間の寸法も
正確に知ることができ、また通路床面の石敷や石段、敷石も
よく残っていたので、城門の規模と構造を具体的に知ること
ができました。
 そこでこれらの資料をもとに、関連資料を参考にし、
戦闘の場としての機能を考慮して三階建ての城門に復元して
います。一階は通路、二階は城壁上の連絡路、三階は見張り
や戦闘の場としての機能をもつものです。屋根は調査時にも
瓦は出土していないので、板葺きにしています。
 古代山城の城門の復元例としては、日本で初の事例です。

------------------(鬼ノ城案内板より)

20190529_鬼ノ城_011

《西門跡》
20190529_鬼ノ城_012

----------------------------
 鬼ノ城は、四カ所に城門を設けています。
いずれも掘立柱の城門で、通路前面に2m近い段差を持つ
(懸門)ことを特徴としています。
 西門は、南門と同規模の大型の城門で間口3間(12.3m)、
中央1間を通路とし、2間の奥行をもち、12本の柱で上屋を
支えます。柱は一辺最大60cmの角柱を2mほども埋め込んで
います。
 本柱に合わせたくり込み、方立柱穴、軸摺穴、蹴放しが
一体的に加工された門礎をもつのは、鬼ノ城のもののみです。
 西門は日本最大の古代山城大野城の太宰府口城門(間口
8.85m)をしのぐ壮大堅固な城門です。

------------------(鬼ノ城案内板より)

20190529_鬼ノ城_013

《敷石》
20190529_鬼ノ城_014

20190529_鬼ノ城_015

----------------------------
 鬼ノ城では、城壁の下の面に接して板石を多数敷き詰めて
います。幅は基本的に1.5m幅で、場内側の広い所では5m幅
にもなる所もあります。
 敷石は多くの区間に敷かれており、総重量は約千トンにも
なります。この石畳のような敷石は、通路としての役わりも
あるものの、敷石の傾斜などからみて、もともとは雨水等が
城壁を壊すのを防ぐことを目的としたものと考えられます。
 敷石は、日本最古の古代山城では鬼ノ城にしかなく、
朝鮮半島でも数例知られるだけの珍しいものです。
 とくにこの区間の敷石は、鬼ノ城でも見事なところです。

------------------(鬼ノ城案内板より)

詳細不明。一応撮影。

20190529_鬼ノ城_016

《第1水門》
20190529_鬼ノ城_017

20190529_鬼ノ城_018

《第2水門》
20190529_鬼ノ城_019

20190529_鬼ノ城_020

20190529_鬼ノ城_021

20190529_鬼ノ城_022

所々にあるコレは何だったんだろう?
説明がなかったのでよくわからなかった。

20190529_鬼ノ城_023

《南門跡》
もう説明文を書き写すのが面倒なので画像で。
20190529_鬼ノ城_024

20190529_鬼ノ城_025

20190529_鬼ノ城_026

20190529_鬼ノ城_027

20190529_鬼ノ城_028

20190529_鬼ノ城_029

南門跡にて歩いてきた道を振り返る。

20190529_鬼ノ城_030

もう少し先の場所にあったもの。

20190529_鬼ノ城_031

20190529_鬼ノ城_032

「高石垣」から向こうに小さく見える高石垣。
ここから覗き込むのはちと怖い。第4水門の手前にあります。

20190529_鬼ノ城_033

巨石に仏様が彫られ、祀られていました。

20190529_鬼ノ城_034

20190529_鬼ノ城_035

★その3に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3056.html


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
テーマ:岡山県
ジャンル:地域情報
2020年01月04日 (土) | 編集 |
2019.5.29 探訪 
『鬼ノ城』に向かいます。
その手前に「鬼の釜」と呼ばれる大きな釜が置かれていて、
温羅が生け贄をこの大釜で茹でていたという伝説がありますが
説明を読む限り正しい謂れというか、こうだ!というハッキリ
した詳細は不明のようです。口径役185cm、深さ105cm。

20190529_総社市_鬼の釜_001

20190529_総社市_鬼の釜_002

----------------------------
http://www.city.soja.okayama.jp/bunka/kanko/shitei_bunkazai/si/si_10.html
鬼ノ城に住んでいた温羅という伝説の鬼が使用していたとされ、
「鬼の釜」という名で呼ばれています。鋳型で作られた大釜で、
上・中・下三段の横方向と、各段10片の縦方向の鋳造痕が明瞭
に認められます。
 この釜は、現在新山集落の一画にあります。
「湯釜谷という所にあったものを、享保7(1722)年10月に
地元の人が現在の場所に運び、その時底が壊れた」、
また「釜はもともと二つあり、新山寺の僧がその一つを阿曽村
の鋳物師に与えた残りである」、「阿曽村の鋳物師が持ち帰り、
一つを壊すとたたりがあったので、残る一つを新山へ返した」
などの伝承がありますが、定かではありません。
この地は山岳仏教の聖地で、新山別所の浄土堂を修理し、
阿弥陀仏を安置した鎌倉時代の僧:重源が、山口県の阿弥陀寺
で湯釜を寄進したとされていることから、新山でも人々のため
に湯屋をつくり、湯釜もつくったのではないかと考えられます。

---------------(リンク先:総社観光ナビ)

鬼ノ城を遠くから眺められる場所があったので撮影。
鬼ノ城は吉備津彦と温羅の物語の中では鬼と呼ばれた温羅が
ここに住んでいたとされています。山の高さは標高約400m。
山容は擂鉢を伏せたような形状。山頂付近はなだらかな斜面
となっていますが、8〜9合目以下は著しく傾斜している。
築かれた城壁は全周約2.8km。城内はおよそ30ヘクタール。

カメラを鬼ノ城から右の方に向けてみましょう。

20190529_鬼ノ城_001

20190529_鬼ノ城_002

20190529_鬼ノ城_003

20190529_鬼ノ城_004

でっかい岩があった。

20190529_鬼ノ城_005

案内板によれば築城の時期については諸説あり。
大和朝廷が朝鮮半島の百済軍救援のため出兵した白村江の海戦
(663年)において失敗した後、唐、新羅連合軍の日本侵攻を
恐れ、急ぎ西日本各地に築城した城の一つと考えられており、
古代山城は北九州北部から瀬戸内海、近畿にいたる地域に築城
されているそう。この鬼ノ城は対岸の屋嶋城とともに、
瀬戸内の重要拠点として考えられていたそうです。

さあ、鬼ノ城に着きましたよ。
鬼退治しちゃう?

20190529_鬼ノ城_006

★その2に続くよ!(2以降は少し長くなるかも)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3055.html


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
テーマ:岡山県
ジャンル:地域情報