定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2017年09月16日 (土) | 編集 |
2016.11.20
写真は去年訪れた時のものです。
ここに訪れたのは「ついで」というか何というか…
浜松市の文化財課で発行している埴輪の本がずっと欲しくて、
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunkazai/publish/index.html
じゃあ買いに行きがてら見学でもしましょうかねと訪れた場所。

蜆塚遺跡は、浜松市博物館のすぐ側にあります。

(=゚ω゚)「本は通販でも入手出来るじゃん」
SERUNA:「実際手にとって中身を確認したかったからね。
   他にも面白い本があるかもだし、近いし、行けば遊べるしw」

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国指定遺跡 蜆塚遺跡(縄文時代 約3,000〜4,000年前) 
 蜆塚遺跡は木の実の採集や狩・漁によって食料を得た時代のムラの
跡です。このムラは周囲に4ヶ所の貝塚があり、20数軒の家の跡や
30ヶ所ほどの墓が発見されています。
 またムラの中央部は広場となっていました。このムラは約1,000年
にわたって断続的に営まれましたが、一時期のムラの規模は家が
3〜5軒程度、人口は20人前後であったようです。なお蜆塚遺跡から
発掘された物は、浜松市博物館に展示してあります。


--------------------(蜆塚遺跡 案内板より)

【復元家屋】

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復元したムラ 
 1955(昭和30)年から4年間にわたる発掘調査によって、
6本柱と4本柱の四角な家のあとと、8本柱のまるい家のあとが20数軒
みつかりました。屋根や柱はくさってしまっていますが、想像すると
木で骨ぐみをつくり、草で屋根をふいたと考えられます。
 蜆塚遺跡の発掘調査が行われてから、30年たったのを記念して、
1985(昭和60)年7月に、発掘調査でわかったことをもとにして
新しくつくりかえました。


--------------------(蜆塚遺跡 案内板より)

【蜆塚遺跡】

20161120_shijimizuka_006.jpg

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蜆塚遺跡から掘り出されたもの 
 蜆塚遺跡から、人達が魚やけものなどをとるために、
石や骨で作った道具、木の実や貝などを煮たり、たくわえたりする
のに使った土器、人々が身につけた首かざりや貝のうでわなどが
みつかりました。土器の形やもようのちがいから、およそ3〜4,000
年前のムラのあとであることがわかりました。
 この遺跡から掘り出されたものは、遺跡の南側にある浜松市博物館
に展示してあります。


--------------------(蜆塚遺跡 案内板より)

【蜆塚諸霊之碑】
復元家屋の近くにはこんな場所も。ここは貝塚の上であるが、
1970年頃までは墓地として利用されていた場所だそうです。

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下の写真は遺跡ふたつめ。

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蜆塚のムラ 
 4年にわたる発掘調査で、およそ3〜4,000年前の家のあとが
20数軒みつかりました。何回も建てかえたあとを調べてみると、
このムラでは4〜5軒の家で20人くらいが、生活していたことが
わかりました。
 当時の人々は、平均して40歳ぐらいで一生を終り、
その墓はムラの中につくりました。長さ150cm、幅80cm、
深さ50cmほどの墓穴が30みつかりました。くびかざりや貝の
うでわを身につけた人骨などが掘り出されています。
なお発掘調査したあとは、うめもどしてあります。


--------------------(蜆塚遺跡 案内板より)

【四本柱の家のあと】

20161120_shijimizuka_010.jpg

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四本柱の家のあと 
 ここは発掘調査でみつかった蜆塚人の家のあとです。
4つのまるい穴に柱をうめて、木や草で屋根をつくりました。
地面を少しけずって床とし、中で火をたき、家の中を明るくしたり、
食べ物を料理をしたりしました。おそらく家のまわりに土を積んで、
雨水が入るのを防いだものと思われます。このような家を
「平地式住居」と呼びます。
 このような家のあとをもとに、西側に5軒のムラを復元しました。


--------------------(蜆塚遺跡 案内板より)

なかなかこういったものは、余程興味がないと惹かれないかもですが
(私は好きだからじっくり見ていったぞ)、浜松に来られた際は
ほんのちょっとだけ立ち寄ってみては如何でしょう。
ちなみにですが、復元された住居の中には自由に入る事が出来ます。
まぁ、特に何かあるってワケでも無いんですけどね。


本日紹介した場所の情報です。
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国指定遺跡 蜆塚遺跡
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/hamahaku/04smzkap/kouen.html
住所/静岡県浜松市中区蜆塚4丁目22-1
問合せ電話番号/053-456-2208(浜松市役所市民部博物館)
入場料/見学自由・無料

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テーマ:静岡県
ジャンル:地域情報
2017年08月25日 (金) | 編集 |
いきなり検索でこの記事にたどり着いちゃった人、
斎宮跡復元模型についての記事からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1785.html

2016.10.14 探訪 
史跡公園『さいくう平安の杜』
平安時代前期(9世紀)に斎宮寮の長官が儀式や饗応に用いた
「寮庁」の主要な三棟の建物が、発掘調査で明らかになった場所に
実物大で忠実に復元されています。この建物を建てるにあたり、
遺跡の埋まる地層に穴を開けないよう土を盛り、その上に建築した
のだそうです。

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すぐ側に電車が走っています。

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では写真と説明いきますね。

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【儀礼の広場】
中央に広がる空間は儀式の場所。正殿に長官が出座する中、
時には数百人の役人が居並んだ斎宮儀式の場です。
儀礼の広場南側には井戸が置かれています。

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【正殿】
斎宮寮庁の中心的な建物。入母屋造の屋根、高床式。
斎宮寮長官の格式に相応しいシンボル的な建物。

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【西脇殿】
「寮庁」の中で最も大きな建物。
屋内での儀式や儀礼に伴う饗宴が行われた建物と考えられている。

20161014_heiannomori_008.jpg

【東脇殿】
三棟の中で最も柱が太く、壁のない建物。
儀式にあたって役人たちが整列をして待機した建物と考えられる。

20161014_heiannomori_009.jpg

ガイドさんのお話を聞いていたら、内部の写真撮り忘れました。
(話を聞くだけでなく、八幡めぐり好きなガイドの人と神社について
話が妙に合ってしまったので、うっかり盛り上がってしまったw)

仕方ないので、内部が気になる人は明和町公式動画の方で見てね。
(ボランティアガイドさんが話してくれた説明と同じでしたので…)
建造物は当時の技法などにも拘って再現させているようです。



斎宮・斎王については下にリンクを貼っておきます。
説明面倒なので詳しく知りたい人はそちらをご覧になって下さいw

斎宮Q&A
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/50371036193.htm
斎王エピソード
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/50380036202.htm
※リンク先は斎宮歴史博物館。

斎王 〜神に仕える皇族女性〜 



神道や歴史が好きな人にはオススメの場所です。
興味のあるかた、是非行かれてみてはいかがでしょう。

-------------------------------
さいくう平安の杜
https://www.iseshima-kanko.jp/spot/1793/
住所/三重県多気郡明和町斎宮2800
電話番号/0596-52-7126(役場:斎宮跡・文化観光課 文化財係)
開園時間/9:30〜17:00(入園は4:30まで)
 ※11月〜2月は9:30〜16:00(入園は15:30まで)
休館日/月曜日(祝祭日の場合は翌日休園)
    年末年始(12月29日〜1月3日)

※2017年8月現在の情報です。
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★斎王宮趾(斎王の森)の記事に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1791.html


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2017年08月24日 (木) | 編集 |
2016.10.14 探訪 
三重県にある『国史跡斎宮跡』にやって参りました。
車は近くにある休憩所に駐車。まずは記事の最初にゆるキャラ、
『めぇめぇ』さんの写真でも如何でしょう。

めぇめぇさんは、この史跡から羊型の硯が発掘されたことにより、
それをモチーフとして作られたキャラクターだそうです。
ぶっちゃけ言うとあまり可愛くないかもw(個人的な感想です)

20161014_saikuuato_001.jpg

田んぼがありました。
ここでは『古代米』が作られているようです。

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古代米(赤米・黒米)の栽培
 当協会では、県・町と共に斎宮跡の公有地をボランティアの方々の
協力もいただき、草花(コスモス・菜の花等)の栽培等の有効活用を
行っています。この古代米(赤米・黒米)の栽培も平成六年より
神宮司庁より譲渡された籾を使用して、参加型の体験学習の場として
活用を行っています。
                財団法人 国史跡斎宮跡保存会

------------------------(案内板より)

田んぼのすぐ側、斎宮跡の中には1/10スケールの模型が。

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-------------------------------
 斎宮跡は東西2km、南北700mの137haを占める全国屈指の
史跡です。継続的な発掘調査が今も進行中で、多数の遺構や遺物が
出土しています。史跡の東部には、一辺120mの計画的な地割が
見つかっており、奈良時代後期から平安時代初期にかけて最盛期の
斎宮官衙に相当すると考えられます。
 ここではこの方格地割を再現し、その中心域には発掘によって
解明されつつある建築群の学術的考証に基づく復元模型を設置して
います。このほかの範囲は基本的に現在の道路や宅地を表示
しながらそこに点在する様々な遺跡の位置を示しています。
竹の都の壮大な姿を今の風景に重ね合わせてみてください。

---------------------(斎宮跡 案内板より)

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以下、ほんの一部ですが…
ここから模型の写真をずらずらーっと貼っていきます。

【内院】
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-------------------------------
 方格地割の中央部の内院は、周囲を掘立柱塀で囲い、さらに内側
にも掘立柱塀が巡らされ、二重の塀で囲まれた荘厳な場所となって
おり、ここに斎王が暮らした寝殿の存在が推定されています。
大型の建物が立ち並び、大きな井戸も見つかり、斎王の日常的な
住まいであったことがうかがわれます。建物は、掘立柱の高床で、
桧皮葺の建物が中心をなしていたと推定されます。

---------------------(斎宮跡 案内板より)

【神殿】
20161014_saikuuato_017.jpg

-------------------------------
 斎王の寝殿があった内院の北側で、掘立柱塀と溝に囲まれた2棟の
建物が見つかりました。建物は桁行4間・梁行2間の建物が鉤形に
配置され、建物の周囲には隅が途切れた溝状の遺構が巡っています。
厳重に囲まれており、斎王や主神司が祭祀を行った所と思われます。
建物は、掘立柱の高床で、屋根は茅葺、千木と鰹木をもつ神宮正殿
のような建物と推定されます。

---------------------(斎宮跡 案内板より)

下の写真は神殿と寮庫の間に建っていたもの。
奥に見えるのは寮庫。

20161014_saikuuato_018.jpg

【寮庫】
20161014_saikuuato_019.jpg

-------------------------------
 この区画は、平安時代の初め頃、狭い道路で東西に二分され、
桁行5間・梁行2間の掘立柱塀建物が16棟整然と建ち並んでいます。
建物と建物の間は、他の地区よりも広く、火災を防ぐためとみられ
「延喜式」に書かれた斎宮寮の倉庫である「寮庫」とおもわれます。
建物は、掘立柱の土間、屋根は流板葺で、周囲は土塁などで
取り囲んでいたと推定されます。

---------------------(斎宮跡 案内板より)

【八脚門】
20161014_saikuuato_020.jpg

20161014_saikuuato_021.jpg

-------------------------------
 方格地割の南西隅区画には、平安時代初めに、南側の中央で
道に面して門が建てられていました。門は、控柱が前後に4本ずつ、
計8本あるので八脚門とよばれ、古代の役所では格式の高い門とされ、
門の両側には、掘立柱塀がとりつき、内院地区以外で掘に囲まれた
特別な地区といえます。

---------------------(斎宮跡 案内板より)

こういうのを見ちゃうと、ちっこいフィギュアやお人形を置きたく
なってしまうのは私だけッスかね。ヲタクのサガだな… (´Д`;A

YouTubeから、明和町の公式動画を拝借。この辺りの遺跡の全てを
発掘し終えるまで、あと200年以上もかかるそうですよ。
みんなで大事にしていかないとね。



施設についてはこちら。
-------------------------------
国史跡斎宮跡
http://meiwa.sub.jp/meisho/meisho.html
住所:三重県多気郡明和町斎宮
問合せ電話番号/0596-52-7138(明和町斎宮跡・文化観光課)

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★『さいくう平安の杜』に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1786.html


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2017年07月05日 (水) | 編集 |
諸説あるでしょうけど、面白かったので皆さんにも紹介しておく。
日本には、忌むものや畏れるものが昔から色々あってだな…

-------------------------------
忌み地・忌み山の話
http://chaos2ch.com/archives/3491782.html
忌み地・忌み山の話 その2
http://chaos2ch.com/archives/3492491.html

※元スレ
http://minzocu.denpark.net/1062292997.html

----------------(リンク先:カオスちゃんねる)

いや別に、忌みと意味をかけたワケではありませんが… (;´Д`A

決してこういった怖い話だけではなく、昔からその土地についている
地名には意味があって、その背景には何らかの物語があるという事は
このブログでも以前から何度も話していた通り。
かといって全ての地名がそうとは限らないし、伝えられるままのお話
があったかどうか、そして、その物語なり伝説なり言い伝えが本当か
どうかは定かではないけれど、忌み地・忌み山の話は読んでみて
とても興味深かった。

こういうのって、そこで何があったか大掛かりに調べてみると、
「発掘したらこんな物が出てきた!」ってのも時々あったりするから
侮れないよね。嘘だとは一概には言えないと思う。
昔からの言い伝えってのは大事だね。

関連過去ログ:
昔から残される伝説や地名には意味がある。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-391.html
「蛇」または「龍」は水の関係する場所を意味していて、
それらが暴れる話は河川の氾濫を意味したりね。


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