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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2020年02月17日 (月) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3113.html

さて、メインの社殿へ向かいお参りを済ませましょう。
この神社の社殿の造りが他と少し違ってとても美しいんです。

20190609_岡太神社_大瀧神社_018

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20190609_岡太神社_大瀧神社_020

岡太神社・大瀧神社
御祭神:
大瀧神社/国常立尊・伊弉諾尊
岡太神社/川上御前(岡太大神)
http://www.washinosato.jp/
----------------------------
 当神社は権現山の頂にある上宮(奥の院)とその麓に建つ
下宮から成っており、奥の院には大滝神社と紙祖神岡太神社の
本殿が並び建ち、下宮は両社の里宮となっている。
 歴史上では岡太神社が古く、今より千五百年ほど前、この里
に紙漉きの業を伝えた女神・川上御前を紙祖の神として祀り、
「延喜式神名帳」(926)にも記載されている古社である。
 一方、大瀧神社は推古天皇の御代(592〜638)大伴連大瀧
の勧請に始まり、ついで、養老三年(719)この地を訪れた
泰澄大師は、産土神である川上御前を守護神として祀り、
国常立尊・伊弉諾尊を主祭神として十一面観世音菩薩を本地
とする神仏習合の社を創建、大瀧児権現と称して別当寺大瀧寺
を建立した。

 中世、児権現は白山信仰の霊場として栄え、
四十八坊の堂塔、社僧七百余名を擁し隆盛を極めたが、
織田信長の一向一揆討伐の際一山ことごとく灰燼に帰した。
しかし、その後領主となった丹羽長秀を始め歴代領主の厚い
保護によって再度復興していった。
 明治になり神仏分離令によって大瀧児権現は大瀧神社と改称、
また、大正十二年(1923)には大蔵省印刷局抄紙部に
川上御前の御分霊が奉祀されて岡太神社は名実共に全国紙業界
の総鎮守となった。
 このような余の移り変りにもかかわらず里人らの両社への
信仰は篤く、神の御加護のもとに紙漉きの伝統を守り、
今日に至っている。
 現在の下宮の本殿・拝殿は、天保十四年(1843)に江戸時代
後期の社殿建築の粋を集めて再建されたもので、昭和五十九年
(1984)にその歴史記録の確かさと建築の美しさとから
国の重要文化財に指定され、更に平成四年(1992)に
神門回廊等が新たに造営された。

-----------(岡太神社・大瀧神社 参拝の栞より)

20190609_岡太神社_大瀧神社_021

《社殿について》
----------------------------
 天保十五年(1844)に予定されていた式年大祭(御開帳)
に備えて造営されたこの社殿は、曹洞宗本山永平寺の勅使門を
作り上げた一代の名棟梁大久保勘左衛門の手になる建築である。
彼は最も美しい社殿建築を考えた。
普通の神社は拝殿と本殿はそれぞれ独立して建てられる場合が
多い。しかし彼は一間社流造り本殿の屋根を入母屋造り妻入り
の拝殿に連結して葺きおろした複合社殿を考案する。
山の峰を集めたような、あるいは幾重もの波が寄せ合うような
屋根、複雑さの中に流れがあり、重厚さの中に躍動がある。
拝殿正面の獅子、龍、鳳凰、草花の彫刻さらには側面、背面の
中国の故事を題材にした丸造りの彫刻などまさしく精巧を
尽くした作品で飾られている。回廊にたってこの社殿を拝する
とき、なにか心に引き締まる感慨を覚える。
 背後の大徳山(権現山)は、里人はお峯と崇め、山全体が
神体山である。山頂付近に奥の院三殿(右から岡太神社、
大瀧神社、八幡宮)があり、簡素な構成ながら江戸初期から
中期にかけての代表的な建物である。

-----------(岡太神社・大瀧神社 参拝の栞より)

お参りの後、暫くのあいだ眺めていました。

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見てよこの完璧なまでの黄金比♪
この角度!この角度がとっても美しいのよ。
肉眼で見るともっと良いから皆にも見てもらいたいなぁ。

20190609_岡太神社_大瀧神社_025

すぐ側には「神輿殿」
先程の管理のおじさんがここを開けておりました。
美しく立派で、そして素晴らしい御神輿が収納されています。
※神社の例大祭についてはこちら。
http://www.washinosato.jp/pg201.html

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「神楽殿」

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その他の境内社。

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今回は時間の関係もあって下宮のみのお参りだけ。
奥の院(下宮から約1kmだそうです)へは行っていません。

おまけ
神社から近くの場所で撮った鳥居の写真。

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2020年02月16日 (日) | 編集 |
2019.6.9 参拝 
「岡太神社・大瀧神社」にやって参りました。
この神社には紙の神様「川上御前」がお祀りされています。

20190609_okamoto_otaki_001.jpg

----------------------------
紙祖神 川上御前の伝説由来
 今から1500年前、男大迹皇子(継体天皇)がまだ越前に
おられた頃のことです。
岡本の在に、ある日みめ美わしい姫が現われて、
“この村里は田や畑が足りなくてさぞや生活に困るであろう。
しかし、この村は清らかな水には恵まれている。これからは、
その水で紙を漉いて生活を立てるが良い”と語り告げ、
姫は衣を脱いで竿に掛けねんごろに紙の漉き方を授けました。
村人はすっかりこれに感激して“いったいどなたですか。
どこからお出でになったのですか”と姫に問いかけたのです。
 しかし、姫は“わたしはこの土地の者だよ”と答えたまま
さりげなく岡太川の上流へ姿をかくしてしまいました。
村人はこれは大変いいことを教えて頂いたものだと、
それ以来紙漉きを始めたそうです。

-----------------------(↓ 続く)

20190609_okamoto_otaki_002.jpg

----------------------------
 これが今もなお岡本五箇荘(大滝・不老・岩本・定友・
新在家)に伝わる越前和紙の起源とされています。
のちに村人はこの姫を「川上御前」と呼び、その徳をあがめて
岡太神社に祀るようになりましたが、この神こそ我が国での
“紙祖の神“として、全国の手漉紙業者に崇敬されるように
なっています。
なお、この土地では正月に行う紙の漉始めに、かの女神の業を
しのんで紙漉場の竿には脱いだ上衣をかけておき、五月五日の
祭礼には岡太川の上流を訪れて、古い歴史に想いを馳せる人も
あります。

この伝説は、生業神信仰を語るものであり、この和紙の里は
紙祖崇拝のもとにいよいよ越前和紙生産に精励し、
その声価を高めている。

------------(岡太神社・大瀧神社 案内板より)

20190609_okamoto_otaki_003.jpg

神社を管理されているおじさん(お掃除に来たり、観光案内を
されているような感じでした)が「中を見ていくといいよ」
「近くでお参りどうぞ」と扉をあけて下さいました。
入ってすぐ右側目の前にあるのは別山堂。

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【別山堂】

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管理のおじさん:「今ここ開けるから待っててねー」
SERUNA:「ありがとうございます」

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管理のおじさん:「ずっとこの土地に住んでるんだけどね、
 子供の頃はよくここで遊んだもんだよ」

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目の前で正座をして合掌。

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★その2に続くよ!
続いては岡太神社・大瀧神社の社殿についてです。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3115.html


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2020年02月04日 (火) | 編集 |
いきなり検索でここに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3098.html

授与所の休憩コーナーでお茶をいただく。
とってもありがたいお茶なので静岡浅間神社に訪れた際は
一杯いかがでしょう。美味しかったです。

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授与所の中にある展示物。
静岡の各地で語り継がれる物語作品や…

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※古事記で語られるのは草薙の地ではなく「焼津」なんですけど…
というツッコミはひとまず置いておくとしよう。


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静岡県内の有名ホビーメーカーのプラモなどなど。
この中でも特にバンダイのミクさんはマジで天使ッスな。
ちなみにコレは普通のフィギュアと違ってプラモデルってのが
凄いよね。バンダイの変態力ハンパない(褒め言葉)。

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天皇皇后両陛下の御真影(写真を丁寧に言った言葉です)や、
上皇陛下と上皇后陛下が静岡に訪れたときの御真影と新聞記事
なども展示されていました。

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【追儺神事】
太鼓の音に合わせてパンパン叩きます。

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映像が古いですが参考としてYouTubeから動画を拝借。


【豆まき】
お餅にラッキーな番号が付いていたらそいつは当たりらしい。
私たちも頑張ってみたけど番号付きの餅ゲットならず。
後ろの方にバンバン投げていたので前の方はかえって不利。
菓子はだいたい中間あたりに、餅は大体後ろの方にぶん投げて
いたような気がします。当たった人は羨ましいなー。
ちなみに私らがキャッチしたのは全て福豆と菓子だけでした。

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【最後にちと一言】
赤子を背負ったお母さんや小さな子供を連れた人は、
どんだけ必死に豆やら菓子が貰いたいのかは知りませんけど、
もみくちゃになって子供が潰されるのは怖いし可哀想なので
お子様コーナーへ移動してほしいなと(なにより見てて私は
お母さんはどうでもよくてお子さんが心配なのよ)。

中でも特に私がビックリというか目を疑ったのは、
ベビーカーを人混みの中に入れて参戦していたお母さん。
我が子が大事と思ったら、普通あんな場所に居ないよねぇ?
もみくちゃになってベビーカーが潰されそうになっていて、
中にいた子供がギャン泣きしていたりして、周りの人から
「危ないじゃないか!」と叱られスゴスゴ撤収していたけど、
常識のない母親だよね。周りの人に迷惑っていうよりも、
あんな中でベビーカーとかさ…子供に危険が及ぶって単純に
考えてわかんないかな。警備の人(?)がいたけど、
気付かなかったのだろうか。流石にベビーカーは排除しないと
危なくて仕方ないよ。


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2020年02月04日 (火) | 編集 |
福井の記事が途中ですがこちらを優先してアップします。

2020.2.3 参拝
「静岡浅間神社」にやって参りました。
いつもは地元焼津で節分祭に参加していたのですが…
気になってはいたけれどこちらの追儺神事を見た事が無いな
と思いやって来た次第です。

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この「鬼」と書かれたものは追儺神事で使うもの。
太鼓の音に合わせて「鬼やらぼう」でパンパン叩きます。

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「鬼やらぼう」と「福豆」。

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御祈祷も受けてきました。
破魔矢・お札・御守りを授かることができる他、
福引きも出来てしまうという楽しみも。

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祈祷後に福引きチャレンジが出来るらしく、
「凄い!テレビもあるのか!」と思って欲をかいたら…

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私はおっさんクマの映画「ted」のぬいぐるみキーホルダー。
旦那はカゴメのトマトケチャップが当たりました。
「っていうかナゼに今さらtedなの?」と微妙な気持ちにw
正直言ってしまうとクマはハズレなのでは…… (´ω`;)
ぬいぐるみはチビッコが欲しがったらあげるとしよう。

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★その2に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3099.html


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