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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2019年12月13日 (金) | 編集 |
2019.12.4 参拝 
上野恩賜公園をぶらりしていると、
「上野大佛」と書かれた看板があったので立ち寄ってみた。

20191204_上野大仏_001

20191204_上野大仏_002

ちょっと狭い境内。

20191204_上野大仏_003

20191204_上野大仏_004

20191204_上野大仏_005

大仏様の周りには絵馬が。
「落ちませんように」と学生さんたちが大仏様に願いながら
掛けていった絵馬です。困った時の「仏」頼み。

20191204_上野大仏_006

優しい顔をしていますね。

20191204_上野大仏_007

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幾多の難を乗り越えた 上野大仏
 この大仏は寛永八年(1631)年、越後国村上城主であった
堀丹後守直寄公がこちらの高台に、戦乱に倒れた敵味方の冥福
を祈るために建立した「釈迦如来」です。京都・方広寺の大仏
に見立てられ、当初は漆喰で作られましたが、明暦・万治の頃
(1655〜60年)木食浄運という僧侶により高さ六メートルの
銅仏に改められました。
 また元禄十一(1698)年には輪王寺宮公弁法親王により
大仏殿が建立され、伽藍が整いました。しかし大仏は江戸時代
以来、地震や火災といった災難に何度も見舞われました。
幕末の上野戦争では辛くも被害を免れましたが、明治六年に
大仏殿が解体され、さらに大正十二年の関東大震災でついに
お顔が落ちてしまったのです。
 その後、寛永寺で保管された大仏は再建される計画も
ありましたが、残念ながら復元されることなく、お体は第二次
世界大戦時に提出されてしまいました。昭和四十七年春、再び
旧地に迎えられた大仏は、建立当初より大きくお姿を変えまし
たが「これ以上落ちない合格大仏」として広く信仰を集めて
います。


-----------------(上野大仏 案内板より)

元々はこんな姿だったそうです。

20191204_上野大仏_008


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2019年11月30日 (土) | 編集 |
2019.5.28 探訪 
吉備津神社から近い場所。
『福田海本部』の中に「鼻ぐり塚」という所がある。
福田海という所はお寺なのか何なのかがよくわからなかった
のでちょっと検索してみました。

----------------------------
http://kibinonakayama.com/中山散策/53-福田海/

明治33(1900)年、中山通幽(本名 多田盛太1862〜1936)
が、聖徳太子・役行者・僧行基の教えに基づいて開いた修験道
の寺院。通幽は当初小学校の教員をしていたが、修験道に強い
関心をもち大和の大峰山で修行し山伏になった。
「陰徳積善」を生涯の目標と定め、無縁仏の供養、霊場・旧跡
の修復活動に取り組んだ。昭和2(1927)年吉備津に帰郷し、
有木の青蓮寺を聖徳太子の四福田から「福田海」と名付け本拠地
とした。境内には不動岩と呼ばれる大岩があり、冬至の太陽を
拝む場所であったとする研究者もいる。


----------(吉備の中山を守る会公式サイトより)

修験道って事でOKだろうか。
開祖もその方面に関心を持ったと書いてあるし、
カテゴリも何にしようと迷ったけど、仏教カテゴリに振り分け
ることにした。

さて。
御祈祷料の100円を納めて護摩木に願いを書いて入場。
鼻ぐり塚は人間のお役に立つため働いた牛さんや、
人間の血肉となるため食用になった牛さんなどに感謝を捧げ、
供養をするための塚なのだそう。

20190528_鼻ぐり塚_001

20190528_鼻ぐり塚_002

到着しました。
こんもりしているコレが鼻ぐり塚です。

(=゚ω゚)ノ「先生ー、鼻ぐりってなんですかー?」
SERUNA:「牛さんの鼻についてる輪っかの事だよ」

20190528_鼻ぐり塚_003

20190528_鼻ぐり塚_004

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鼻ぐり塚について
 かつてわが国の農村では、牛を飼い、田畑の耕作の労役等に
使用していました。牛は家族の一員のように大事に育てられ
ました。その際、牛の鼻に穴を穿ち、鼻輪(鼻環、鼻ぐり)
をはめ、それに縄を結んで使役していました。
やがて牛は飼い主の手をはなれて売りに出され、解体されて
肉となり皮となりその最後を迎えます。牛はその一生のすべて
を人間のために尽してきたといえましょう。
 こうした牛の恩恵に報いるため、死後残された鼻輪(鼻環、
鼻ぐり)を牛の唯一の形見として集めて浄祭することを福田海
開祖中山通幽師が発願されたのであります。
篤信の方々のお力により全国から鼻輪は収集され、
現在もその事業は続いています。鼻ぐり塚はもと円墳であり、
その墳丘上に鼻輪を積んでいます。石室内には真鍮製の鼻輪を
溶かして作った阿弥陀の宝号を刻印した金属板が安置されて
います。また、正面には馬頭観世音菩薩を祀っています。
昭和初年に塚が建立されて以来、現在までにおさめられた鼻輪
の数は七百万を超え、現在も畜類供養のため、春、畜魂祭を
行っており、年間数万個の鼻輪が塚におさめられています。

護摩木のお供え 
 護摩木は鼻ぐり塚正面にお供えください。
毎週日曜日、お供え頂きました護摩木にて、護摩を奉修し、
畜魂追福という陰徳積善のご縁につかれた皆様方の
家内円満 夫婦和合 良縁成就 子孫繁栄 身体健康
病気平穏 交通安全

をご祈念いたしております。

------------(福田海本部 境内案内の説明より)

ニッコリしている牛さんの銅像がありました。
なんだか顔の造形が妙に可愛いぞ。

20190528_鼻ぐり塚_005

かと思えば豚さんの銅像も。
供養しているのは牛さんだけではなさそうッスね。
しかしどうしてこんなに嫌そうな顔をしているのだろう?

20190528_鼻ぐり塚_006

入り口で願いを書いた護摩木はココに置いておきます。
目の前に馬頭観音の像が安置されていますね。
毎日人間のために働いてくれる家畜さんたち、ありがとう。
そして私たちのお口に入る牛さん豚さん、命をありがとう。

20190528_鼻ぐり塚_007

ちっこい牛さんの像が幾つも鎮座。

20190528_鼻ぐり塚_008

塚の周りをぐるっと回ってみましょう。

20190528_鼻ぐり塚_009

ぐるぐるー。

20190528_鼻ぐり塚_010

山盛りの鼻ぐり。

20190528_鼻ぐり塚_011

塚の左手側。
お地蔵さんが鼻ぐりを見つめるように立っています。

20190528_鼻ぐり塚_012

ちなみにですがこの鼻ぐり塚は「ウルトラマンエース
のロケ地となっていたそうで、16話の「夏の怪奇シリーズ
怪談・牛神男」に登場するようです。
タイトルで検索するとどこかに動画が転がっているかも?
ヒッピーの男が鼻ぐりを盗んで呪われ、怪獣カウラになる話。
最終的には人間に戻って改心するというお約束オチありの…
ヒッピー男のキャラがサイコ野郎すぎてもうね。(´Д` )
昔の特撮なので、ツッコミどころは多々あれど面白いですよ。
(先程の牛さんと豚さんの像はその当時からあるっぽい)


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2019年10月01日 (火) | 編集 |
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綺麗な着物と綺麗なお花。

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変わり種のお雛様。

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酒盛り!?

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お雛様と関係ないけど、こんなのもあったので撮ってみた。

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可睡斎のひな祭りは面白かったです。
毎年開催されているので、皆さんも是非ひな祭りの時期に
足を運んでみてはいかがでしょうか。

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32段の雛飾りのお部屋をあとにして、
階段を降りた場所に飾ってあったお雛様。
お子様ウケしそうなものと物語を感じさせるもの。
私は、個人的には後者の雛飾りが好き。

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次のお部屋に向かいましょう。
下の写真、手前にいるお人形が可愛いかったな。

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以降淡々と貼っていく。
神楽を舞うお雛様と、雛人形の行列は素敵でした。

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「傘福」

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「さるぼぼとは何ぞ?」
という人用にちと説明をコピペしておこう。

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飛騨の民芸品「さるぼぼ」
飛騨弁で赤ん坊のことは「ぼぼ」、さるぼぼはさるの赤ちゃん
という意味です。災いが“さる”、猿のように子沢山、などと
掛け合わせて昔から家庭円満や安産のお守りとされています。

昔子供の遊べるおもちゃやお人形のなかった時代、
飛騨のかかさ(お母さん)たちが子供に作ってあげた手作りの
人形が原型と言われています。
顔のないさるぼぼは自分が怒っている時には怒っているように、
嬉しい時には笑っているように見えると言われ、手に取った人
の心を写す鏡だと言われます。

https://www.takayama-gh.com/hida/shopping/sarubobo.html

----------------(説明は飛騨物産館より)

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続いて、なかなか大掛かりな雛飾り。
これ売っていたらお幾ら万円するんでしょうね?

20190328_kasuisai_hima_089.jpg

リアルな御殿で拝んでしまいそうになりますw

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御殿向かって左側。

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御殿向かって右側。

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「三八立雛 天皇御束帯」
伝統的な色のものをお召しになられています。

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★その6に続く!
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