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2019年04月21日 (日) | 編集 |

昨日の夜間から急にドカン!とアクセスが増え、
補陀落渡海についての記事をやたらと読んでいく人がいたから、
「何だ?またマニアックなネタをどこかで取り上げたか?」
と思って、Twitter検索(https://t-proj.com/twitter/)開いて
キーワードを入力して調べてみたら…
あぁ、わかった。理解した。

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ブラタモリ
https://www4.nhk.or.jp/buratamori/
4月20日(土)#131「熊野~なぜ熊野は日本の聖地になった?~」
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気付かなくて私は見ていなかったんだけど、タモさんの番組で、
補陀落渡海について言っていた(やっていた?)らしい。
なるほど、そりゃみんな気になってググりもするわなw
しかしブラタモリも最近はノーチェックだったなー。
この放送内容だったら、ちょっぴり見ておけばよかったよ。

↓そして皆がググってたどり着く記事がこちら(閲覧注意)。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-849.html
仏教に関する興味深い歴史なので、過去に読んだ事のある人も
そうでない人もどうぞ。こんな歴史があったことを初めて知ると
色々な事が頭の中をグルグルして眠れなくなっちゃうかもよw
船の形も、見た目からインパクトのある特殊な作りだからな。

補陀落渡海から少しズレるけど…
仏教について詳しくないのですが他の修行についても気になって
あれこれ調べてみると、結構ハードな世界ッス。例えば天台宗の
「千日回峰行」辺りが凄まじいから軽く調べてみるといい。
もしもこの修行を続けられなくなったらその時は……
いやいや、さすがに現代では「自殺ダメ絶対」の世の中ですから
そいつを抜きにしても、過酷すぎて出来ませんよこんなの。
どのみち死んじゃいますって。

仏教の修行なんて、よほどのドMじゃない限り無理っスわ。
自分を追い込んでまで仏の世界に近付こうとする仏教、
ある意味スゲェ。

……あっ、私ですか? 私は神道で結構です。 (´・ω・`)


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2019年02月28日 (木) | 編集 |
いきなり検索でココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2539.html

「弘法大師像」

20190225_ganjoujuin_012.jpg

「石刻 五百羅漢」
申し込みすれば自分そっくりな像を作ってくれるらしいですよ。
一体作るのに幾らするんだろう。高そうだな…

20190225_ganjoujuin_013.jpg

こちらは「大御堂」
外は良いですが、内部は国宝級の仏像があるので撮影禁止です。
中が見たい人は拝観料を払ってから見ましょう。
寺宝についての詳細は、公式サイトをご覧になってください。
https://ganjoujuin.jp/temple_treasures.html

20190225_ganjoujuin_014.jpg

高野山真言宗 天守君山 願成就院
https://ganjoujuin.jp/
御本尊:阿弥陀如来
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願成就院略縁起
 当山は、山号を天守君山と称し、阿彌陀如来を本尊とする
高野山真言宗の寺である。
 創建は、鎌倉時代初頭の文治五年(1189)に遡る。
この地で源氏再興の旗揚げをし、鎌倉幕府を開いた源頼朝公の
奥州藤原氏征討の戦勝を祈願して、幕府初代執権北條時政公が
建立し「願成就院」と称したことに始まる。
幕府の亊蹟を伝える「吾妻鏡」には、時政公が大御堂と南塔を
建立し、二代執権北條義時公が亡き父時政公の供養として
南新御堂を建立、三代執権北條泰時公が北條御堂と北塔を建立
したことが記されており、堂塔伽藍の営作は北條氏三代に
わたる。貞應元年(1222)には、「定額寺」(官寺)とする
宣旨が朝廷より下されており、この地に、守山を借景として、
中之島のある池を配した「浄土様式」の壮大な寺院が、
北條氏の氏として造営されていたのである。
数回の発掘調査でその遺構が概ね明らかになり、昭和四十八年
境内を中心に周辺一部地域を含めて「願成就院跡」として
国指定史跡となる。

------------------------(↓続く)

20190225_ganjoujuin_015.jpg

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鎌倉時代の伽藍は、十五世紀末、伊勢新九郎長氏(後の北條早雲)
の堀越御所(北條時政館跡)攻めの兵火で焼失するが、創建時に
祀られた大仏師運慶謹作の五仏を中心とすろ七体の仏像と、
仏像胎内造像銘札四枚は、奇跡的にも今日に伝えられており、
この尊き御仏様を拝観すると、幕府最大の権力者北條氏とこの寺
の盛時を偲ぶことができよう。
 本尊阿乎彌陀如来・不動明王・矜羯羅童子・制吒加童子・
毘沙門天の5体の仏像は、文二二年(1186)の造像で、
運慶三十代半ばの謹作、日本彫刻史上、運慶様式の成立を考える
上で大きな意義を有する尊像とされ、造像銘札四枚と共に
重要文化財の指定を受ける。本堂(茅葺き御堂)本尊阿彌陀如来、
宝物館に祀る北條政子尼七回忌供養地蔵菩薩両像も、
十三世紀前期の慶派正統仏師による秀作とされ、県指定文化財
である。
 境内には、北條時政公と足利茶々丸公(堀越御所二代公方)
の墓所があり、両公の菩提寺である。
運慶作五仏、胎内銘札四枚は平成二十五年に国宝に指定される。

天守君山 願成就院山主

-----------------(願成就院 案内石碑より)

大御堂に祀られた仏像を見ていた時に「運慶ハゴ存ジデスカ?」
と外人さんが説明に来られたので、えっ?えっ?と思ったら、
ゆくゆくはこのお寺を継ぐかもしれないイギリス人のかた。
住職の娘さんのお婿さんだそうで、お寺の歴史から運慶作の仏像
のことまで、丁寧に色々と説明をして下さいましたよ。

※茅葺屋根の本堂はウッカリ写真を撮り忘れ。(´・ω・`)

さて、国宝の仏像を拝み、宝物館を見学して出て参りました。
五百羅漢もズラリと並んでいます。

20190225_ganjoujuin_016.jpg

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酔いそうな角度の写真ですまぬ。

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「足利茶々丸公方墓」

20190225_ganjoujuin_019.jpg

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 室町幕府八代将軍の足利義政の兄・足利政知が、
将軍の命を受けて関東を治めるために鎌倉に派遣されるが、
鎌倉まで進出できず、北條時政の館跡の伊豆国北條の堀越に留まり
堀越公方と称しました。父政知の没後、二代目公方に就いたのが
茶々丸公であります。継承時に起きた相続争いの混乱に乗じて、
1493年に伊勢新九郎盛国(のちの北條早雲)の侵攻を受けて滅亡
しました。茶々丸公若干16歳でありました。
当山が茶々丸公の菩提寺であります。

----------------(願成就院 公式サイトより)

お寺の池。

20190225_ganjoujuin_020.jpg

静岡県内に運慶の仏像が五体もあるお寺ってのはなかなか貴重。
願成就院の近くには「北条政子産湯の井戸」もあるそうですが、
そちらは気付かずにスルーしてしまいました。
皆さんもいかがでしょう。


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2019年02月28日 (木) | 編集 |
2019.2.25 参拝 
源頼朝公祈願所・北条時政公菩提所・足利茶々丸公方菩提所。
伊豆の国市にあるお寺「願成就院」へ行って参りました。
逆光の写真でスイマセン。

20190225_ganjoujuin_001.jpg

20190225_ganjoujuin_002.jpg

ここには運慶作の仏像(国宝)がお祀りされています。
(注:仏像と宝物館は撮影禁止の為、写真には収めていません)

20190225_ganjoujuin_003.jpg

下の写真は門の左手側にあったもの。
これは何だろう。梵字が刻まれていますね。
仏教あまり詳しくないので、誰か教えていただけたら嬉しい。

20190225_ganjoujuin_004.jpg

20190225_ganjoujuin_005.jpg

中にお邪魔いたしましょう。

20190225_ganjoujuin_006.jpg

門をくぐって参道左手側。
お地蔵さんの手前に案内板が。

20190225_ganjoujuin_007.jpg

20190225_ganjoujuin_008.jpg

そちらの方向へ歩くと、まず目の前に鐘楼が現れます。

20190225_ganjoujuin_009.jpg

鐘楼のすぐそばに「北条時政公御墓」

20190225_ganjoujuin_011.jpg

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北条時政公 没後800年忌供養として建立
 北條時政公(1138年生、1215年没、享年七十八歳)は、
願成就院の創建者で、今日に伝わる国宝指定、運慶作緒仏の檀越
である。時政公は、この地、伊豆国北條に居館を有した平家一門
の伊豆における有力豪族の一人で、伊豆国府在庁官人であった。
 1160年十四歳で伊豆配流のなった源頼朝を伊豆祐親と共に監視
する立場にあった。激動する歴史の中、娘政子が流人頼朝に嫁し、
一転して頼朝の岳父となる。1180年8月17日の頼朝の伊豆挙兵
では平家目代山木兼隆攻めの主将となりてこれを成功させる。
以後、平家討伐、鎌倉幕府創設では、頼朝の参謀役、智将として
大いに活躍してその立役者となる。
 頼朝亡きあとも、幕府初代執権に就任して、東国武家政権の
確立に努め、北條氏繁栄の礎となり、鎌倉北條氏の祖と呼ばれる
幕府草創期の最重要人物の一人である。

現住 祥道

-----------------(願成就院 案内石碑より)

★その2に続くよ♪
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2540.html


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2018年12月06日 (木) | 編集 |
2018.6.10 参拝 
伝承園をあとにした私たちは、カッパ狛犬のいる「常堅寺」と、
河童が棲むと言われている「カッパ淵」に向かうことに。

20180610_jyoukenji_001.jpg

お寺に向かうまでの道にこんなものが。
ビールの原料であるホップを育てている畑がありました。
「キリンビールは良質な遠野産ホップを100%使用しています」
と書かれています。遠野市はキリンビールとホップ契約栽培で、
50年以上の歴史を積み重ねているそうです。
https://www.kirin.co.jp/csv/connection/hop/japanhop/tono/

20180610_jyoukenji_002.jpg

カメラを左→中央→右に向けてみます。
キリンビールって独特の苦味が美味しいんですよね。
キリンの商品を飲む時には、遠野のこの景色を思い出しながら
飲もうと思います。

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遠野の田んぼ。
この日はちょっと曇り空。

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「常堅寺」に到着しました。

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参道の左側→山門→参道の右側とカメラを向けます。

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門をくぐりました。まずはココで合掌。

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参道右手側にお寺の鐘。

20180610_jyoukenji_013.jpg

本堂に行く前に左側に目を向けると、こんな場所があるので、
皆さんにはまずはそちらに注目して欲しい。
この小さなお堂は「十王堂」。見て欲しいのはココの狛犬。

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この狛犬、実はカッパなんです。
頭に注目してみると…ほらね。

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 馬を川に引き込むいたずらに失敗したカッパは、
お詫びをして許され、母と子の守り神となりました。
常堅寺の火事のさいは頭の皿から水を吹き出して消しとめ、
いまでも一対のカッパ狛犬として境内にその姿をとどめて
います。


-----------------(カッパ淵 案内板より)

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お寺の御本堂。

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蓮峰山 常堅寺
https://iwatetabi.jp/spot/detail/03208/40.html
   宗派 曹洞宗 一関市大東町大原長泉寺の末寺
   本尊 釈迦如来
 延徳二年(1490)開創、開山は大聞秀宗禅師である。
開基は大原弾正勝行、遠野郷の曹洞宗十二力寺の筆頭であると
『遠野物語』八十八話にある。
 一説には、同寺はもと安倍家の菩提寺といわれ、大原弾正勝行
(本姓千葉氏、大原城主)が当地にきて土淵村を領有した時、
大聞禅師を開山として開創、寺禄二十石を与えた。
第六世の時、南部家の守り本尊勢至観音像と、新たに寺領十二石
四斗を拝領したという。
 山門にある白木の仁王像二体は、もと市内附馬牛町の早池峰山
妙善寺にあったものを、明治維新の頃、妙善寺が廃寺になる際
移したもので、総丈3.5メートル、慈覚大師の作と伝えられ、
また門前にあるスギの古木一株(高さ20メートル、幹周り約7.8
メートル)は、開基が手植えしたものといわれる。
仁王像と道元禅師像は、市の文化財に指定されている。

-----------------(常堅寺 境内案内板より)

さて、お寺の裏側にまわって「カッパ淵」に向かいましょう。

20180610_jyoukenji_021.jpg

★カッパ淵の記事に続くよ!
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