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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選びください。
2021年01月08日 (金) | 編集 |
2020.12.5 参拝 
このブログで何度か記事にしている静岡浅間神社。
何度か取り上げているのにも関わらず、全体的な紹介をした事
が無かったのでざっと紹介していこうと思う。

まずはこちら。浅間神社の楼門については過去ログ参照。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3486.html

【浅間神社・神部神社 大拝殿】
※拝殿前に建っているのは舞殿。

20201205_静岡浅間神社_001

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浅間神社・神部神社 大拝殿(重要文化財)
 徳川三代家光将軍時代、日光東照宮と共に大造営された
社殿は惜しくも火災にて焼失した。
 現社殿は十一代家斉将軍時代文化年間幕府直営にて巨額の
費用と多年の星霜、最高の技術を駆使して造営されたもので、
豪壮華麗の美極まり「東海の日光」と称されております。
殊にこの神部神社浅間神社の両社の大拝殿は他に類のない
特殊な重層楼閣造りで、世に「浅間造」と称され、
当神社の象徴的建造物であります。
 高さ八十一尺(約二十五メートル)もあり外観は彩色絢爛。
殿内は百三十二畳で、天井には狩野栄信、寛信の筆に成る
墨絵龍と極彩色の天女図が画かれております。

-------------(静岡浅間神社 境内案内板より)

大拝殿に向かって左手側が浅間神社、右手側が神部神社。

20201205_静岡浅間神社_002

静岡浅間神社
http://www.shizuokasengen.net/index.html
御祭神/
浅間神社 主祭神:木之花咲耶姫命
     配祀神:瓊々杵命、栲幡千々姫命
神部神社 主祭神:大己貴命
     配祀神:瓊々杵命、栲幡千々姫命、東照宮
----------------------------
神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を
総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)と申し上げる。

神部神社は第十代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の
祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、
平安時代には駿河国総社となる。『国内神名帳』には美和明神
と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、
この地方最古の神社である。

浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮
より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受ける。

大歳御祖神社は応神天皇4年(273)今から1700年ほど前に、
古代この地方の物流の拠点、商業の中心地であった
「安倍の市」の守護神として創祀され、延喜式内社であり、
『国内神名帳』に正二位奈古屋明神と記され、
静岡市の地主神である。

三社とも朝廷をはじめ国司・武将等の崇敬すこぶる篤く、
駿河国総社・静岡の総氏神さま、駿河の大社として広く信仰
されている。

 御本社神部神社・浅間神社・大歳御祖神社のほかに
境内には、麓山神社・八千戈神社・少彦名神社・玉鉾神社の
四境内社が鎮座している。

-----------(静岡浅間神社 公式サイトより抜粋)

残りの説明は長いので、下記リンク先を参照ください。
http://www.shizuokasengen.net/yuisho.html

【八千戈神社】
浅間神社の社務所の真向かいに鎮座しています。

20201205_静岡浅間神社_003

御祭神/主祭神:八千戈命
相殿神/浅間神社末社九社の神々、
大歳御祖神社末社三社の神々、麓山神社末社三社の神々、
旧安倍郡城内鎮座 稲荷神社・保食神、
旧安倍郡明屋敷村鎮座 国分天神・菅原道真公、
騎射御霊・崇道盡敬皇帝
----------------------------
 本境内社は、明治以前は徳川家康公が合戦常に奉持した
念持仏の摩利支天を祀ったことから東照公ゆかりの摩利支天社
と称された。 維新後神仏分離に際し、金印木像は臨済寺に
遷され、以後八千戈命をご祭神とする。
 昭和五年五月二十九日昭和天皇御親拝の折には、
神部・浅間両社御修理中で当社を仮殿としていたので、
この大前で御親拝あらせられた。
 当社は東照公ゆかりの幕府崇敬の社で、社殿の造営も
本社に次いで行なはれた。
 特に名工の誉高い立川和四郎富昌の彫物が中国の二十四の
親孝行物語を題材に社殿周囲欄間に飾られていることは
著名である。
現在では、武神として信仰され、一般に勝負事の祈願所として
広く信仰を集めている。

-------------(静岡浅間神社 境内案内板より)

八千戈神社の前には「勝瓢掛所」。
必勝祈願の瓢箪がたくさん掛られています。

20201205_静岡浅間神社_004

【大歳御祖神社】
倉稲魂神・大年神の母神がお祀りされています。

20201205_静岡浅間神社_005

御祭神/大歳御祖命(別名 神大市比売命)
配祀神/雷神
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 総国風土記によれば第十五代応神天皇四年(約1700年前)
の鎮座と伝えられ、延喜式内社である。もとは社名を奈吾屋社
とも称した。
往古の安倍の市(静岡)の守護神であり、農・漁・工・商業等
諸産業の繁栄の守護の神として信仰される。

-------------(静岡浅間神社 公式サイトより)

★その2に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3528.html
★浅間神社に来たら賤機山古墳もどう?
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3526.html


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2020年12月30日 (水) | 編集 |
2020.12.26 参拝 
御祈祷を受けに行ったついでに刀を見る。
前回の時(↓)と展示物が変わっていたので撮影。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3343.html

※獅子頭は撮影禁止ですが、刀だけは撮影OK。

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20201226_焼津神社_刀_001

【葵紋金具蝦夷太刀拵】
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葵紋金具蝦夷太刀拵
 長さ 105.5cm(全長) 明治時代

徳川家の家紋の三つ葉葵をふんだんに使用した蝦夷太刀拵
である。蝦夷拵とは、蝦夷地に輸出した拵で、古くは室町時代
に製作したものが残っている。本作は全て真鍮金具で、
鞘と柄を真鍮の磨地で総覆輪を施し、特に鞘は真鍮の柏葉と
共に鐶で五センチおきに縦に巻き、その窓から葵紋が覗く
というデザインとなっている。製作したのは、諸工作技術が
集まった京都周辺、近世においては江戸時代の金工であった。
この拵は明治初期頃の製作で、このように健全に残されたもの
は珍しい。


---------------------(説明文より)

【太刀 無銘 奉納刀(入江大明神)】
20201226_焼津神社_刀_007

20201226_焼津神社_刀_008

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太刀 無銘 奉納刀(入江大明神)
 長さ 94.6cm(3尺1寸2分) 江戸時代

この太刀は、長さが3尺を超える豪壮な大太刀で、
刀身に入江大明神の彫がある。室町時代に今川氏が駿河国を
治めていた頃、焼津地域は「入江荘(いりえのしょう)」
と呼ばれ、焼津神社はその地名から「入江大明神」とも
称されてきた。境内にある江戸時代の灯籠には「入江大明神」
の文字が彫られている。今川氏や徳川家などの武家の信仰も
篤く、また焼津地域の人々や命がけで漁に出て働いていた
漁業関係者にとって心の支えとして崇められ、現代までその
信仰が受け継がれている。


---------------------(説明文より)

【脇差 平 重行】
20201226_焼津神社_刀_009

20201226_焼津神社_刀_010

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脇差 平 重行
 長さ 44.0cm(1尺4寸5分) 室町時代

南北朝期の建部・文和頃、豊後国高田荘(現大分市鶴崎近辺)
に平友行がいた。室町時代に入り、数多くの刀工が平姓を
冠して平某と三字銘を切ることから「平高田」と称して繁栄
した。豊後国高田は戦国大名大友氏の所領であり、平高田の
刀工は大友氏に仕え、大いに栄えた。平重行もその一人で、
室町時代末期の永禄・天正頃に活躍した刀工で、この刀は
刃文が直刀出来の脇差で平高田の特徴がよく出ている。


---------------------(説明文より)


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2020年12月27日 (日) | 編集 |
2020.10.31
ここに来るのは何度目か。
日本平ホテルの駐車場に日本武尊のブロンズ像が立てられて
いるのを皆さんご存知でしょうか。「なぜ日本平に?」
と思うかたもいらっしゃると思いますので軽く説明すると、
ここ 日本平は、日本武尊と関係のある場所だからです。
このブログで日本平と日本武尊についての記事をまだ書いた事
がなかったので、ちょこっと紹介しちゃおう。

20201031_日本平_001

日本武尊(古事記では倭建命)は東征の途中で豪族に騙され、
(現在の焼津市にて)火攻めに遭うも難を逃れます。
豪族を倒し駿河の地を平定した彼は、有度山にのぼって
山頂にて四方を見渡しました。日本武尊が訪れた山はのちに
「やまとだいら」と呼ばれるようになり、現在の「日本平」
(にほんだいら)に変じました。

彼がこの静岡で起こした行動は、記紀の中では火難に遭った
焼津での場面しか語られていませんが、県中部にある彼ゆかり
の小さな神社の御由緒や所々に残される地名の由来等を見ると
記紀では触れられていない彼の痕跡が残されていたりする。
ともかく県内では焼津以外ではこのあたりも例外ではなく、
彼は広範囲にわたり家臣を引き連れ戦っていたのです。

「駿河の地を平定し、この山頂で彼は何を思ったのかな」
とか色々考えるの凄く楽しい。

20201031_日本平_002

横から後ろからと、いろいろな角度から撮りたくなっちゃう。
日本武尊のブロンズ像や石像はあれこれ見てきたけど、
日本平にあるこの像は雄々しくてカッコ良くて結構好き。

20201031_日本平_003

私は、焼津生まれ焼津育ちということもあってか、
彼の物語を知った子供の頃から、英雄日本武尊が好きでした。
記紀や風土記、その土地にしか残されないお話などなど…
各地に残される日本武尊の物語を、極力行ける範囲であちこち
訪ね歩いてますが、車で行くのでどうしても限られてしまう。
日本武尊聖地巡礼…西は島根〜東は茨城までしか行けてない。
九州まで行ってるガチ勢には負けるわ。(´・ω・`)

(=゚ω゚)「飛行機使って九州行かないの?」
SERUNA:「飛行機怖いんだもん」
※子供の頃、日航機事故の写真を見た時からのトラウマ。

20201031_日本平_004

【読んで欲しい関連過去ログ】
もうひとつのクサナギ「久佐奈岐神社」
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1205.html
日本武尊を祀る「草薙神社」
1)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1210.html
2)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1212.html
3)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1215.html
神社の古宮「草薙神社 旧跡地」
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1216.html

20201031_日本平_005

このブログで記事にはしていませんが、清水区では何年か前に
「矢倉神社」「鞍佐里神社」などへも行っています。
ちなみに清水区で有名な「薩埵峠」は日本武尊が歩いた場所。
日本武尊の足跡で県内まだ紹介していない所、
またいずれ機会があればブログで触れてみようと思います。

【関連過去ログ】
日本人なら古事記を読め
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-234.html
神話・伝説・昔ばなし…日本に伝わる物語を追う
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-392.html

★日本平から見える富士山の景色に続く。
→ 更新までしばし待て。


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2020年12月22日 (火) | 編集 |
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【久能山東照宮博物館】
https://www.toshogu.or.jp/kt_museum/

20201031_kunouzan_062.jpg

シュールな顔はめパネルが(顔の部分が開閉するタイプ)。

20201031_kunouzan_063.jpg

現在はもう終了していますが、この時、
秋季企画展「天下人の愛刀と写し」が開催されていました。
刀剣乱舞とコラボっていて、ゲームのキャラクターの幟が…

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クラウドファンディングで「刀剣修復プロジェクト」
という企画があったのはご存知でしょうか。
(詳細/https://camp-fire.jp/booster-parco/projects/309
錆だらけの刀を修復させるためにはお金がかかります。
その資金を集めるためのプロジェクトが立ち上がったそうで、
全国津々浦々、刀剣好きの方々からの支援により莫大な資金を
集める事が出来、無事刀の修復も終えて開催されたのが
このお披露目イベントなのです。

【博物館内にあったパネル】
三輪士郎さんのサインが書かれてありました。

20201031_kunouzan_069.jpg

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館内撮影出来るのはこれだけ。
展示物は撮影禁止なのでココまでです。

《展示されていた刀剣》
・重要文化財 太刀 無銘 光世作(ソハヤノツルキ)
・ソハヤノツルキ写し(宮入昭平作)
・ソハヤノツルキ写し(宮入行平作)※修復刀剣
・小烏丸写し※修復刀剣
・ソハヤノツルキ写し ※株式会社ニトロプラス所有
・小烏丸写し ※株式会社ニトロプラス所有

平成29年9月、神庫の調査により発見された奉納刀。
錆びた状態から修復させることは不可能とまで言われていたが、
見事、元の状態になって展示されていた刀は美しい姿でそこに
鎮座しておりました。

久能山東照宮のYouTubeチャンネルで、行けなかった人のため
に公開されていましたので貼っておきますね。



刀の他に、鎧やら色々なものも展示されていましたよ。
むかし博物館内に、健康オタクの家康さんが薬を調合する時に
使用していた乳鉢も展示されていたような記憶があるんですが…
今は置いていなかったです。(´・ω・`)

さて、日本平に戻りましょうかね。
帰りのロープウェイ内は刀剣乱舞「ソハヤノツルキ」声優さん
による行きの時とは違う内容の案内でした(イベント限定)。

20201031_kunouzan_070.jpg

★更におまけに続く。
日本平のB級グルメ
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3505.html
日本平にいたネコちゃん
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3506.html


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2020年12月22日 (火) | 編集 |
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「徳川家康公 御神廟」の場所に到着しました。

20201031_kunouzan_046.jpg

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 神廟は本殿の後方にある廟門より約40段の石段を登った所
にあります。 ここは御祭神徳川家康公の御遺骸を埋葬し
奉った所で以前は御宝塔と称えていました。
元和2年(1616)の創建当初は木造桧皮葺の造りでありまし
たが、寛永17年(1640)に3代将軍徳川家光公により現在の
石造宝塔に造替されました。宝塔の高さは、5.5メートル、
外廻り約8メートル、前面に唐戸があります。軒の四隅に唐銅
の風鐸が掛かっています。
なお神廟は家康公の御遺命により西向きに建てられています。
西の方には、公の御両親が子授け祈願の参籠をされたという
言い伝えを持つ鳳来寺があり、さらにその西に岡崎の松平家
の菩提寺大樹寺、家康公誕生の地である岡崎城があります。
そしてその延長線は京の都へと続いています。

-------------(久能山東照宮 公式サイトより)

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徳川家康公は生前、家臣に対し、自分の死後について
「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、
三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎて後、
下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、関八州の鎮守になろう」
(『本光国師日記』より)との遺言を残されました。
この御遺命により御遺骸を久能山に埋葬し、その地に2代将軍
秀忠公の命により久能山東照宮が創建されました。

---------(久能山東照宮 公式サイトより一部抜粋)

《ちょこっとこんなお話を》
家康公の死後、彼の大事にしていた愛馬は夜になると御神廟の
脇で休み、朝は厩舎に戻り餌を食べてを繰り返していたそう。
ある朝、馬が厩舎に戻らなかったため神廟を確認したところ、
静かに眠ったままの姿で見つかったというお話があります。
家康公の愛馬は、御神廟のすぐ側に埋葬されました。

これを撮影した日、その場所は補修工事中の為の柵がしてあり
見る事が出来ませんでした(過去に何度か目にしましたが、
墓らしい墓は無くてごくシンプルな場所だったと記憶)。
馬が埋葬された場所は家康公の御神廟後方にあります。

【金の成る木】
御神廟に向かって右手側の方にあります。

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金の成る木、遠景。

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 ご祭神徳川家康公にまつわる多くの遺話の中に
「金の成る木」があります。これには前面右の
楠の大樹がふさわしいと思われます。


 家康公が家臣たちに『金の成る木』について問われたところ
誰も知らず、家康公は自ら筆を把られて幹三本を描き、
『よろず程のよ木』『志ひふかき(慈悲深き)』
『志やうぢ木(正直)』と書かれ、「これを常々信用すれば
必ず富貴が得られよう」と仰せられました。その後、
細川忠興公がこれに左右の枝を描き『あさお木(朝起)』
『いさぎよ木』『志んぼうつよ木』『ゆだんな木』
『ようじょうよ木(養生)』『かないむつまし木』と書き
加えられ「左右の枝が繁盛するならば一段と富貴が得られる
であろう。皆々この『金の成る木』を写しとって家内のものに
教えるように」と命ぜられたといいます。
 ご参拝の皆様にはこの『金の成る木』にあやかられ、
毎日が心豊かで健やかな生活を送られます様ご祈念申し上げ
ます。


-------------(久能山東照宮 境内案内板より)

お参りを終えたので戻ることにしましょう。

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久能山の過去と現在。

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門衛所辺りから見える駿河湾。このように晴れた日は、
伊豆半島が先端の方まで綺麗に見えますよ♪

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★久能山東照宮「おまけ」に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3500.html


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