定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
2017年06月28日 (水) | 編集 |
※去年の参拝記録など。
URLクリックで記事に飛びます。

一日目(2016.5.15)

《滋賀県》
兵主大社
(1)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1667.html
(2)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1668.html
白鬚神社
(1)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1674.html
(2)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1675.html
日吉大社 東本宮
(1)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1690.html
(2)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1693.html
日吉大社 西本宮
(1)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1694.html
(2)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1696.html
(3)http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1700.html

日吉大社 白山宮ほか
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1701.html
日吉東照宮(日吉大社末社)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1702.html

琵琶湖 庄や
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1704.html
浜大津駅
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1707.html

一日目、本当は近江神宮へも行き、ちはやふるに関連する写真を
幾つか写真に収め、ラッピングタクシーなども撮ったんですが…
個人的事情によりこちらは省略させていただきます。

YouTubeより、日吉大社の動画を拝借。


二日目(2016.5.16)

《滋賀県》
勝部神社
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1708.html
道の駅 近江母の郷『お食事処 母の郷』
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1710.html

《岐阜県》
美濃国一宮 南宮大社
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1712.html

YouTubeより、南宮大社の動画を拝借。



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2017年06月28日 (水) | 編集 |
2016.5.16 参拝 
※去年参拝した記録です。

20160516_南宮大社_001

20160516_南宮大社_002

-------------------------------
南宮大社のあらまし 
一、御祭神は金山彦命をお祀り申し上げ、古来金の守護神として、
 また魔除け、災難除けの大神として御神徳の高い神様であらせられ
 ます。
一、御鎮座は遠く、人皇崇神天皇の御代と伝えられ、美濃国の国府
 から南方にあたる故、南宮大社と呼ばれるようになりました。
一、古来朝野の崇敬極めて厚く、天武天皇・聖武天皇の御参拝を始め、
 既に千年前より国幣の名神大社に列せられ、正一位勲一等の神位を
 極められて美濃国の一宮して、また広く金山彦大神の総本宮として
 厚く崇敬されてきた名大社であります。
一、天下分目の関ヶ原合戦に、御社殿は惜しくも兵火にかかって炎上
 した為、徳川家光公が寛永年間(360年前)莫大な経費を寄進して
 再建したのが現在の御社殿であります。御祭神の御神威をよく表現
 した名建築として、重要文化財に指定されています。

--------------(南宮大社 境内案内版より一部抜粋)

20160516_南宮大社_003

下の写真は『楼門』

20160516_南宮大社_004

人間は通れない、神の橋『石輪橋』。
楼門のすぐそばにあります。

20160516_南宮大社_005

-------------------------------
楼門の前の川には、石輪橋、石平橋という二つの見事な石橋が
架かっている。造営時期は社殿と同じ寛永十九年。
 門の正面が石輪橋。花崗岩で造られ、その名の通り輪のように円弧
を描いている。この形は、そり橋とも呼ばれ、神様が通られる橋、
つまり人間は通ってはいけない橋を意味している。

------------------(南宮大社 公式サイトより)

楼門をくぐりました。
手前は『高舞殿』、その後ろに『拝殿』。

20160516_南宮大社_006

美濃国一宮 南宮大社
http://www.nangu-san.com/
御祭神:金山彦命
-------------------------------
 御祭神金山彦命は、神話に古く、
伊勢神宮の天照大神の兄神に当たらせられる大神様であります。
社殿によれば、神武天皇東征の砌、金鵄を輔けて大いに霊験を顕わ
された故を以て、当郡府中に祀らせられ、 後に人皇十代崇神天皇の
御代に、美濃仲山麓の現在地に奉還され、古くは仲山金山彦神社
と申し上げたが、国府から南方に位する故に南宮大社と云われる様
になったと伝えます。
 御神位は古く既に貞観十五年(873)に正二位に叙せられ、
延喜式の神名帳には美濃国三十九座の内、当社のみ国幣大社として
名神祭にも預かる大社に列せられています。天慶三年(940)
平将門の乱の誅伏の勅願や、康平年中(1058〜65)安部貞任追討
の神験によって、 正一位勲一等の神位勲等を極められ、依頼、
鎌倉、室町、戦国の世を通じて、源氏、北条氏、土岐氏等の有力な
武将の崇敬をうけ、 美濃国一宮として、亦、金の神の総本宮として
朝野の崇敬極めて厚い名大社であります。

------------------(南宮大社 境内案内版より)

回廊外側から撮影。
本殿に向かって左手側にあるお社。
右側は『高山社』、左側は『南大神社』。

20160516_南宮大社_007

皆さんも、金運招福の祈願に南宮大社でお参りはいかがでしょう。


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2017年06月25日 (日) | 編集 |
2016.5.16 参拝 
※去年の参拝記録です。
『勝部神社』にやって参りました。

2017062511070023f.jpeg

鳥居の辺りから撮影した境内の全体。…こんな感じです。
静かな神社ですが、実はココには大蛇退治の伝説が残されていて、
毎年一月にはそらもう凄いお祭りが行われるらしいのですよ。

20160516_katsube_002.jpg

勝部神社
http://www.city.moriyama.lg.jp/shokokanko/jinnjabukkaku_8.html
御祭神:物部布津神、天火明命、宇麻志間知命、布津主神
-------------------------------
 孝徳天皇の大化五年八月十三日物部宿禰広国は、当時勝部村一帯の
土地を領有し、その祖神物部布津神を祀り物部郷の総社とし、
これを物部大明神としました。「三代実録」に陽成天皇元慶六年十月
従五位下の神位階が授けられた物部布津社は当社である。
 中世武家時代に入り、武家をはじめ一般の崇敬も一層高まって
参りました。
 近江国守護職佐々木氏は深く当社を信仰し、出陣の旗竿は決まって
当社竹林の竹を使用せられ、明応六年佐々木高頼氏は、大願成就祈願
のため御本殿を造営されました。
 元亀年間には、織田信長公が、野洲・栗田二郎の起請文六十通を
当社に納められ、文録三年八月豊臣秀次公は神田の寄付と御本殿の
修理を行われました。

------------------(勝部神社 境内案内板より)

20160516_katsube_003.jpg

こちらは顕彰殿と忠霊碑。

20160516_katsube_004.jpg

その後ろに鐘が。

20160516_katsube_005.jpg

火祭りの松明の模型(実物の3分の2サイズ)と、
記念撮影用の顔はめパネルが置かれています。

20160516_katsube_006.jpg

youtubeより動画を拝借。



-------------------------------
 勝部神社例大祭の松明行事は、近江の奇祭「勝部の火まつり」
と呼ばれています。滋賀県の三大火祭りの一つで、昭和三十三年に
県選択無形民俗文化財に指定されています。約八百年続く祭りで、
土御門天皇のご病気の原因と占われた数千年を経たおろちを退治し
焼き払ったところご病気が快癒されたので、これを起源に大蛇に
見立てた大松明を焼いて無病息災・病気平癒・五穀豊穣を祈願する
祭りとなりました。この大蛇退治の折の村人の功績で、天皇より
勝部(勝つところ)の名を与えられたとも云われています。
 一月第二土曜日の夜、裸体に褌姿の若者達が大松明(長さ約5m、
重さ400kg、最大直径約4m)十二基を境内に担ぎ入れ御神火を
受けて一斉に奉火されます。若者達は燃えさかる大松明の前で、
鐘・太鼓の乱打されるなか、無病息災を祈願し「ごーよ」
「ひょーよ」(「御脳平癒」の転訛)と唱えながら乱舞(炎の舞)
します勇壮かつ壮厳な古式大祭です。この松明の火にあたると
その年一年は無病息災だといわれており、火まつりが終わると地元
にはようやく新年が訪れます。
 此処に飾ってあるのは実物の約3分の2の大きさで

---------------(勝部神社 火まつり説明文より)

20160516_katsube_007.jpg

大蛇に見立てた松明
竹やハンノキ、菜種殼で作られたもの。
大蛇の胴体部分は束ねたハンノキの枝を三本の青竹で支え、
縄で固く縛っている。頭は菜種殼、胴体の鱗はアカマツの板を使用。

祭りをささえる男達
『松明組』という勝部の若い男が主役。
(勝部町の自治会、勝部神社とその関係者など)中学1年生から、
34歳までの男子で構成されている。

例大祭当日は松明の一本一本に、米・鰯・豆腐を供えて祈祷を行い、
夕方より松明組の若衆が大太鼓を担いで町内を練り歩き、
夜には勝部神社に松明が勢揃い。褌姿の若衆が御神火により松明に
一斉点火。松明の炎は十数メートルも立ち上がります。
「ごーよ」「ひょーよ」と叫びながら乱舞をし、祭りは最高潮に。
神事も終盤にさしかかる頃、燃え尽きた松明は神社前の楓三道にある
小川に運ばれ、浸されます。

もうひとつ動画を拝借。凄いッスよ。


ついでにですが氏子さん曰く、この祭りを継続していくための資材、
資金、参加者を集めるのにとても大変な思いをしているそうです。
勝部の火まつりを知らなかったという人にも、この記事を読む事で、
少しでも目を向けてもらえたらいいなと。伝統文化を絶やさないよう
皆で繋いでいきたいですね。日本の祭りは日本人の魂&誇りです。

続いての写真は…
向かって右側は『祓所』、左側は『産土社』。

20160516_katsube_008.jpg

御本殿の裏手にある小さな森。

20160516_katsube_009.jpg


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2017年06月21日 (水) | 編集 |
※去年参拝した記録です。
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人は東本宮の記事からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1690.html

下の写真はケーブル坂本駅。このケーブルカーに乗ると、
比叡山延暦寺まで行けてしまいますが、今回はスルーします。
ここから少し歩いた場所に、日吉大社末社の『東照宮』があるので、
そちらへ向かいます。

20160515_cable_sakamoto_001.jpg

20160515_hiyoshitousyou_001.jpg

到着しました。
手前にあるのは四脚唐門と言われる門です。

20160515_hiyoshitousyou_002.jpg

日吉大社末社 東照宮
御祭神:徳川家康公
-------------------------------
 徳川家康公は没後、静岡の久能山東照宮、後に栃木の日光東照宮に
お祀りされましたが、東照宮造営に縁の深い天海上人が天台宗の僧侶
であったこともあり、元和九年(1623)徳川三大将軍家光公の時に
比叡山の麓に造営されました。 その際には本殿と拝殿を繋ぐ
「権現造り」という様式を用い、できあがった社殿が素晴らしく、
その様式を基に日光東照宮を再建したといわれています。
 明治以前は比叡山延暦寺が管理をしていましたが、明治時代に入り
神仏分離令が出されると共に日吉大社の管理するお社となり、
今日に至っています。

-------------(日吉大社 公式サイトより一部抜粋)

四脚唐門より撮影。

20160515_hiyoshitousyou_003.jpg

-------------------------------
 桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、銅瓦葺の本殿と、
その前面にある桁行五間、梁間二間、一重、入母屋造、銅瓦葺の拝殿
とが桁行三間、梁間一間、一重、両下造、銅瓦葺の石の間(相の間)
によってつながれた建物で、権現造という形式の典型です。
 この社殿は日光東照宮に先立って、寛永十一年(1634)天海僧正
によって営まれたもので、前面の三間の向拝には軒唐破風がつき、
その後方に千鳥破風がつき、蟇股の彫刻は精巧にできています。
また、内外とも装飾がきわめて華やかで美しいものです。
 正面入り口の四脚唐門と周囲にめぐらされた透塀も美しく、
社殿とよく調和しています。
 大正六年(1917)四月に国の重要文化財となりました。

----------------(日吉大社 東照宮案内板より)

日吉東照宮から見える景色。
下にある鳥居は、東照宮の鳥居です。

20160515_hiyoshitousyou_004.jpg

遠くに琵琶湖も見えますよ。

20160515_hiyoshitousyou_005.jpg

日吉大社末社 東照宮の鳥居。
光の加減と緑が相まって、神々しい風景ッスな。

20160515_hiyoshitousyou_006.jpg

下の写真は、旧竹林院そばにある日吉大社の赤鳥居。
ここまで読んでくださり、お疲れ様&ありがとうございました♪

20160515_hiyoshi_torii_001.jpg



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