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定食屋さんに訪れるような感覚で見て戴けたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選び下さい。
2022年05月25日 (水) | 編集 |
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鎌倉宮にかけてあった絵馬。

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【厄割り石】
1:「かわらけ」に息を吹きかけ自分の中にある厄をのせる。
2:「厄割り石」めがけてかわらけを投げ、厄を割る。
※割れなかったら割れるまで続けましょう。
「石をしっかり見つめて投げるのがコツ」とありました。

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【おまけ】
最初の鳥居の側にあったみかんの木。
高田みかん」(こうだみかん)という種類だそうです。
高田みかんは、日本武尊の父「景行天皇」が九州に御征西中、
肥後八代の高田に植えられたという日本最初のみかんだそう。

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護良親王の墓所(宮内庁管理)は鎌倉宮から近い所にあります。
私たちは時間の関係でお墓にはお参り出来ませんでしたが、
時間に余裕がある方は行かれてみては如何でしょう。


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2022年05月25日 (水) | 編集 |
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御神苑の方へは行かずに引き返す。

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社務所前に虎のぬいぐるみが置いてあった。
背に鞍を乗せたでっかいねこ。何これ可愛い。

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でも見て欲しいものは虎じゃなくて、きっとこの鞍。

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 この鞍は、今から332年前の元禄二年(1689)の作との
刻印があり、大正十五年(1926)に本多正憲子爵が鎌倉宮に
奉納されたものです。
 ちなみに、本多正憲子爵は、下総国舟戸藩(現千葉県柏市
舟戸)藩主・本多三弥左衛門正重の子孫です。三弥左衛門正重
は、本多佐渡守正信(徳川家康の信頼厚かった謀臣)の弟。
 あの織田信長から「海道一の勇士」と賞賛された、
槍を得意とした剛勇の武将です。
 なお、この鞍が作られた元禄二年は、あの松尾芭蕉が
「奥の細道」の旅に出た年でもあります。


---------------------(説明文より)

鞍を乗せた虎の足元に、猫ちゃんの写真がいっぱい。
…と思ったら宮司さんが猫好きだからなんですね。
同じ猫派の人には親近感がわく。

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【亀若丸】
長寿を願い亀若丸さんを撫でたあと、
折り鶴をひとつ持ち帰る。鶴と亀で健康長寿に。
初穂料100円。

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寄り道ばかりしてしまいましたが、お参りしましょう。

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鎌倉宮 
https://www.kamakuraguu.jp/
御祭神/護良親王
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 鎌倉宮の御祭神である大塔宮・護良親王は、幼少より英明・
勇猛な御方でした。 比叡山延暦寺の天台座主となられた親王は、
父帝・後醍醐天皇が目指された理想の為に御自ら奮闘・活躍
され、遂に鎌倉幕府打倒を果たされて平和な世を実現、
征夷大将軍・兵部卿に任ぜられました。 
 しかし、足利尊氏の陰謀によって鎌倉二階堂に幽閉の御身
となり、建武2年(1335)旧暦7月23日、御年28歳にて
苦闘のご生涯を閉じらたのです。
 明治天皇は、親王への追慕の念が真に篤く、明治2年
(1869)勅旨を以て一社をご創建され御自ら社号を鎌倉宮と
定められ、永く親王の御霊を祀られました。
 そして同6年(1873)には明治天皇の行幸を仰ぎ、
官幣中社に列格されたのです。

----------------(鎌倉宮 公式サイトより)

拝殿奥には御本殿。

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その隣には「村上社」

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護良親王の忠臣、村上彦四郎義光公の像。
ここでは「身代わり様」と呼ばれているようだ。
自分の治したい所、よくして欲しい箇所を撫でたあと、
絵馬に願いを書いてお参りをします。

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----------------------------
撫で身代りの由来 
 村上義光公は護良親王の忠臣にして元弘三年(1333)正月
吉野城落城の折、最早これまでと覚悟を決めた護良親王は、
別れの宴をされました。
 そこへ村上義光公が鎧に16本もの矢を突き立てた凄まじい
姿で駆けつけ、親王の錦の御鎧直垂をお脱ぎいただき、
自分が着用して「われこそは、大塔宮護良親王ぞ、
汝ら腹を切る時の手本とせよ」と告げて腹を一文字に掻き切り、
壮絶な最期をとげ、その間に親王は、南に向かって落ちのび
ました。
 このように身代わりとなられた村上義光公を境内の
樹齢103年の欅の大木にて彫り上げ「撫で身代り」として入魂
致しました。


------------------(鎌倉宮 案内板より)

【宮さまの盾】
大事にしたい縁、守ってもらいたいことを盾に書いて奉納。
大事な縁を守っていただけるそうです。

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★その3に続く。
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2022年05月24日 (火) | 編集 |
よさこいのスタイルにも色々あるけれど、
個人的には和テイストを取り入れたのがカッコよくて好き。
YouTubeで幾つか観て良いなと思ったものを貼り。

JR九州櫻燕隊 かごしま春祭大ハンヤ2018 大賞受賞演舞

↑ JRの職員さんによるよさこい。
最初は応援団風だけど、途中から和に変わる。

神戸学生よさこいチーム湊 「海継」 龍馬よさこい2018
JR京都駅駅前特設会場〜2,3回生演舞〜


↑ 神戸の学生さんたちによるよさこい。

水戸藩YOSAKOI連 一刀 八重桜まつり 
静峰ふるさと公園 よさこいソーラン響宴 1部 2018/4/22



百華夢想 京都さくらよさこい 2022
さくよさ 2日目 パレード演舞



プロ集団が踊るよさこい動画も引っかかってきたけど除外。

「よさこい」というと衣装から踊りまでどこのチームも
似たり寄ったりな雰囲気になりがちだけど、
独自のカラーを出している所は素敵だなって思う。
中でも学生さんの踊りは元気いっぱいで良いね。
心が揺さぶられるのは皆さん同じかな?


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ジャンル:学問・文化・芸術
2022年05月24日 (火) | 編集 |
2022.3.26 参拝 
「鎌倉宮」にやって参りました。
この日はほんのちょっとお天気が悪かったかも。
写真が暗っぽいのはそのせいです。

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鎌倉宮は護良親王を御祭神とする神社です。
護良親王は、後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕の動きに呼応し
幕府軍と戦いました。幕府が滅亡し天皇親政が復活すると
征夷大将軍に任じられましたが、その後足利尊氏と対立。
捕えられ、28歳の若さで非業の最後を遂げました。

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疫病退散の幟。

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時期は過ぎてしまいましたが「懐良親王お手植えの梅」。
征西大将軍懐良親王は、征夷大将軍護良親王の弟宮にあたる。
この梅は九州八代から移植されたものらしい。

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----------------------------
「将軍梅」は、懐良親王が「日本三代合戦」の一つと云われる、
「筑後川の戦い(大保原の戦い、正平14年・1359)」に
勝利された際、両軍の犠牲者への手向けとしてお手植えされた
もので、親王の勇ましくもお優しい、御心が偲ばれます。
明治時代、懐良親王を祀る八代宮が熊本・八代に創建された際、
その境内に移植され、やはり明治の聖代に、八代宮より鎌倉宮
にも「将軍梅」が奉納、移植されたと伝わります。


-----------------(説明文より一部抜粋)

【獅子頭守】
「御祭神護良親王が出陣の際に、ご自分の兜の中に入れた」
という由緒があるもの。神社の授与品ですが、
木に沢山ぶら下がっていました。

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手水舎。
ここにも獅子頭守がいっぱい。

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コロナ対策で水が張られていないのでアルコールで。
こういう時代いい加減早く終わりにしてほしい。
普通に清めたい。なんか違うんだよ、こうじゃないんだよ。

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ウクライナ募金やってました。一口500円。
協力のお礼として、ウクライナの国旗の色に奉製された
「丈長(巫女の髪を結わくもの)」が頂けるとか。

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社務所の方へ…

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社務所向かって左手側に進むと宝物殿・御神苑。
ここより先は有料拝観となります。護良親王が幽閉されていた
土牢もこの奥にありますので時間があるかたは是非。
(行っておけばよかった…)

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2022年05月05日 (木) | 編集 |
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下の写真は薬師堂。
病気平癒の仏・薬師如来を本尊とする仏堂。

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阿野全成のお墓にお参りをしに行きましょう。
お墓は本堂から奥の方に向かった所にあります。
下の写真、一段上がった右手側がそうです。

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こちらが阿野全成と息子時元のお墓。
親子の墓が二基横並びになり手厚く葬られています。

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沼津市指定史跡 
   伝 阿野全成・時元墓  指定 昭和58年6月15日
 阿野全成は、幼名は今若丸といい清和源氏の嫡流源義経の
七男です。鎌倉幕府を開いた頼朝の異母弟、義経の同母兄に
あたり、母は有名な常盤御前です。
 平治の乱で義朝は敗死し、常盤御前は今若、乙若、牛若の
三児を連れて逃れ、後に助命されました。今若は山代国の
醍醐寺に預けられ出家して全成と改名しましたが、
その荒法師ぶりから後醍の悪禅師とも呼ばれました。
 治承四年(1180)、頼朝が挙兵するや、全成はひそかに
寺を抜け出し、修行をよそおいながら頼朝のもとに
参じました。頼朝は、その志に涙して感動したといわれます。
後に駿河国阿野庄(現在の沼津市東原・今沢から植田・
富士市境付近まで)を与えられて出井に居館を構えたとされ、
大泉寺がその館跡であるといわれています。
 頼朝の死後、建仁三年(1202)五月、全成は阿野庄に
おいて兵を挙げましたが、幕府軍に捕らえられ常陸国へ配流
となり、同年六月二十三日、下野国で処刑されました。
首は阿野庄の全成館へ届けられたと伝えられています。
 その後、全成の遺児時元も承久元年(1219)二月十一日、
反北条の兵を挙げましたが、執権北条義時はただちに兵を
さしむけ、交戦十日の後に阿野一族は敗北して、
時元も自刃しました。
 墓は、左が阿野全成、右が時元と伝えられています。

----------------(大泉寺 境内案内板より)

YouTubeより動画を拝借。最初の部分に音は無いようです。
音声、43秒辺りから急に出ますので注意。

現地で動画解説 訪ねて学ぼう文化財めぐり
〜沼津の文化財をめぐってみませんか〜



大泉寺には、はねられた全成の首が一夜のうちにこの寺まで
飛んできて松の枝にかかったという言い伝えが。
本当は、住職の説明や案内板に書かれる通り「運ばれてきた」
「運ばれたのち松に掛けて隠しておいた」が正解なんですけど
飛んできたというのはそこはほら、あくまで伝承という事で。
大泉寺の客殿にその時の「首掛け松」の一部が残っています。

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超美麗なイラストが展示されていました。
この絵師の詳細が知りたい。聞いてくればよかった…

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去年の11月21日、大河ドラマで阿野全成役をつとめた
新納慎也さんがお忍びで大泉寺にやってきたとのこと。
https://ameblo.jp/daisenji02/entry-12712533023.html
https://twitter.com/KojimaTakenobu/status/1462399773944680453
↑住職のブログとtwitterを貼っておこう。

写真とサインが飾られてありました。

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ボランティアのかたがお話して下さいましたが、
新納慎也さんの顔がちっちゃいものだから住職が…
「自分の顔がデカく見えちゃうw」と仰っていたそうな。

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客殿の玄関入ってすぐ正面に「鎌倉殿の13人」のポスター。

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切り株を模したものの上にモニュメント。
昭和39年、松食い虫に喰われた「首掛けの松」は仕方なく
切らざるをえなくなりました。阿野全成の話を後世に伝える為、
そしてここに松の木があったことを忘れないよう、
このモニュメントが作られたようです。
本物の松の一部は先程紹介した通り、客殿に置かれています。

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その側に銀杏観音。結構大きな木でした。
↓物語については長くなるので詳細は大泉寺のページで。
http://daisenji.com/?page_id=17
乳の出が悪い母親に銀杏の実を焼き食べさせたら、
乳が出るようになったという伝説の木。
写真暗くなっちゃってゴメン。

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小野寺左京の墓。お寺の片隅の目立たない場所にポツンとある
のでどこにあるかわかりにくいかも知れません。
「一花無残居士」と刻まれています。
お寺のリーフレット(スタンプラリーでいただいた用紙)には
「大泉寺を再興隆した檀家で、天皇家(南朝)の末裔」
と書かれていました。

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大泉寺の御朱印と、消しゴムはんこの御朱印。

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これから阿野全成のお墓参りに行かれる予定があるかたは、
お線香やお花を持参して行くと良いでしょう。
忘れた人用には、寺務所に用意してあるそうです。
詳細→http://daisenji.com/?p=8094

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大泉寺 
http://daisenji.com/
https://twitter.com/KojimaTakenobu
住所/静岡県沼津市井出744

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