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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2018年08月22日 (水) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2266.html

外に出ました。
下の写真は、後円部から前方部にカメラを向けて撮影したもの。

20180314_hachimanzuka_044.jpg

続いて後円部から中島を撮影。

20180314_hachimanzuka_045.jpg

20180314_hachimanzuka_046.jpg

おりていきましょう。

20180314_hachimanzuka_047.jpg

再度レプリカ埴輪の場所へ。

20180314_hachimanzuka_048.jpg

こちらを見ている可愛い獣の埴輪は犬の埴輪。
手前で後ろ向きになっているのが狩人の埴輪。
犬と狩人の間に挟まれて尻を向けているのがイノシシの埴輪。
(イノシシはよく見ると、狩人に矢を撃たれていますw)

20180314_hachimanzuka_049.jpg

古墳と埴輪を撮影。

20180314_hachimanzuka_050.jpg

古墳の近くに「かみつけの里博物館」があります。
時間の都合で入場はしませんでしたが(本当は見たかった)、
館内に面白い物があったのでそれだけ撮ってきました。

20180314_hachimanzuka_051.jpg

20180314_hachimanzuka_052.jpg

古代のお馬さん(パネル)。

20180314_hachimanzuka_053.jpg

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小さかった古代の馬。
 これは、推定される古墳時代の馬の実物大モデルである。
白井遺跡群でみつかった蹄跡と現代の馬の蹄の大きさを比べると、
木曽馬などの在来中型馬に似ていることが分かった。
体高(前足の下から肩まで)はおよそ130cm。サラブレッドに
比べると、ふた回りは小さい。

-------------------(展示物説明文より)

【はにわのギャラリー】
中庭のような場所に場所にありました。

20180314_hachimanzuka_054.jpg

20180314_hachimanzuka_055.jpg

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 この埴輪たちは、保渡田古墳群をはじめ全国各地から出土した
埴輪をモデルに、当館のはにわ工房で製作しました。
設置した場所(配列)・方向など、当時を忠実に復元したもの
ではありません。
 左奥にある大きな埴輪は、盾持ち人埴輪といいます。
古墳のなかに魔物が入ることを防ぐ兵士です。
実物は80cmぐらいの高さです。この埴輪は実物の2倍の大きさ
でつくられています。

《経年劣化を観察中です》
この埴輪は10年前に設置されました。
風雨にさらされ苔むし、劣化も見られます。井出二子山古墳では、
壊れた埴輪を差し替えた痕跡も見つかっています。
1500年前も、墓の管理をしていることが分かるのです。

-------------------(展示物説明文より)

皆さんも群馬へ訪れたら、
八幡塚古墳へ行かれてみては如何でしょう。
可愛い埴輪さんたちがあなたを待ってますよ♪


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史跡保渡田古墳群
http://www.city.takasaki.gunma.jp/kankou/history/hotodakohun.html
住所/群馬県高崎市保渡田町2000-1 
八幡塚古墳の石棺展示室/
9:30〜16:30まで開放(博物館の休館日は閉鎖します)
料金/古墳への入場は無料 

かみつけの里博物館
http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2014010701664/
住所/群馬県高崎市井出町1514
開館時間/9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日/毎週火曜日(火曜日が祝日・振替休日の場合は開館。
翌水曜日に休館)、年末年始(12月28日〜1月4日)、祝日の翌日
入場料/大人 200円(20名以上の団体は160円)
    大学生・高校生 100円(20名以上の団体は80円)
   中学生以下、満65歳以上は無料。特別展の場合は別料金。

※2018年8月現在の情報です。
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古墳内部に入ってみました。
中は若干温度が低くひんやりとした空気。
手前のは「舟形石棺」、奥に見えるのが「竪穴式石棺」。

20180314_hachimanzuka_032.jpg

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何人が埋葬されていたのか。
 この石棺は盗掘されていたため棺内の埋葬人数はわからない。
石棺のうしろ(南)にはこれよりあとに作られたもう一つの
埋葬施設(木棺を石で囲った竪穴式の石槨)があった。
したがってこの古墳には二人以上が埋葬されたわけだが、石棺が
中心人物のもので、石廓はその近親者を葬ったものであろう。

--------------------(石棺説明文より)

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王の棺をよくみてみよう。
 これは八幡塚古墳の主を埋葬した石棺である。
柔らかい石を身と蓋に分けて切り出し、くり抜いて造ってある。
石工が鉄の工具で削った跡も鮮やかである。魔除けや復活を
祈って内部は赤く塗られている。この石棺は国内でも大きな部類
に入り保存状態も良い貴重な資料だ。

石棺外寸(蓋・身)長 3.2m×幅 1.5m×高 1.4m(突起含む) 
棺身内法     長 1.2m×幅 0.7m×深 0.45m 

--------------------(石棺説明文より)

20180314_hachimanzuka_041.jpg

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何が出土したのか。
 石棺は蓋を割られ、完全に盗掘されていたが、
小さな玉だけが取り残されていた。棺の右脇の石組み空間からは
鉄製の農耕具のミニチュアが出土した。貴重な鉄を独占した王の
祭祀用具である。
第二埋葬部の跡からは、太刀、玉、甲の破片等が出土している。

20180314_hachimanzuka_042.jpg

--------------------(石棺説明文より)

20180314_hachimanzuka_043.jpg

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石棺はどのように埋められた?
 石棺はまず頂上に掘った大きな穴に据えられた。続いて遺体を
納めて蓋をし、まわりを河原石で覆い、さらに土を盛って内部に
封じ込められた。
こうした埋葬方法は、通路と部屋を造る横穴式石室と区別して
竪穴式石室と呼ばれる。横穴式より古い埋葬方法である。
※今あるような内部空間は本来なかったものである。

--------------------(石棺説明文より)

★その4に続くよ!
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古墳にもっと近づいてみましょう。
周囲に比較するものが無いので大きさがわかりづらいですが、
この古墳はそれなりにデカいです。写真が小さくて見辛いけど、
一枚目と二枚目、後円部の上にちっちゃーく(黒くポツンと)
ウチの旦那が映ってるから、なんとかわかるかな?…かな?
(いや、見えねえよ!とツッコミが入りそう)

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_020

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墳丘と葺石 
 墳丘は、堀を掘った土と近くから集めた土を盛り上げ、
たたき締めて築かれた。斜面には、榛名山東南麓の川から採取
した石により「葺石」が施される。
 上段・中段の葺石は、やや石の密度が高い状態で施工され、
下段の葺石は間隔をあけて省略していた。葺石の中にみえる縦の
石列は、一人ないし一班の作業単位(工区)だと考えられる。
 各段の平坦面のうち中段平坦面には、玉石が敷かれていた。

-----------------(八幡塚古墳 案内板より)

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中島
 この古墳の内堀の中には4カ所の中島が造られた。
内堀を掘った時に島の部分だけを残し、若干の盛り土をして
2段に整えられた。回りには円筒埴輪が巡らされ、
椀などの土器が多量に出土した。
中島の性格は、1・古墳における祭祀の場 
       2・近親者や従者の埋葬設備(陪塚)
などが考えられるが、いまだ明らかになっていない。

-----------------(八幡塚古墳 案内板より)

下の写真は向かって右側が後円部。左手が前方部。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_026

後円部の写真。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_027

前方部から後円部にカメラを向けて撮影。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_028

前方部から、先程の埴輪群にカメラを向けてみる。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_029

後円部に向かって歩いて行きます。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_030

中に入れるようなので、入ってみましょう。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_031

★その3に続く!
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2018年08月20日 (月) | 編集 |
2018.3.14 探訪 
群馬でどうしても行きたかった場所へ行きました。
この辺りは「はにわの里」と呼ばれる場所でございます。

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_001

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_002

私がどうしても見たかった場所、それは……

『八幡塚古墳』!

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国指定史跡 保渡田古墳群とは 
 榛名山東南の麓、群馬県群馬町保渡田・井出にある
3つの前方後円墳の総称。いずれも墳丘の長さ100m級の大型古墳
である。5世紀後半に二子山古墳→八幡塚古墳→薬師塚古墳の順で
相次いで造られ、この地に有力な豪族がいたことを示している。

八幡塚古墳の復元整備 
 かつて、この古墳は大きく削られていた。
そのため史跡公園の全体計画にあたり、この古墳に限って、
造られた時の姿に復元し、活用することが決定された。
5カ年にわたる発掘調査を基に、古墳に保存用の土を厚く盛って、
築造時の姿に復元整備した。


-----------------(八幡塚古墳 案内板より)

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_007

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今から1500年前につくられた八幡塚古墳 
 八幡塚古墳は、南東1kmにある三ツ寺I遺跡(巨大な館)
に住み、榛名山東南麓・井野川流域を治めた豪族の墓である。
当時、群馬県地域(上毛野)は国内でも有力な地域であった。
八幡塚古墳の被葬者は、古墳の充実度からみて、この頃、
上毛野各地に勢力を持った豪族達のなかでも代表的な人物で
あったと考えられる。

《規模・構造》
 墳丘は全長96mで3段に造られ、斜面は葺石で飾られる。
周囲には、内堀・外堀・外周溝が巡り、それらの間には内堤・
外堤が設けられる。墓域の長さは約190mに及ぶ。内堤の中には
4つの島(中島)があり、この古墳の特徴となっている。

《埴輪の充実》
 この古墳には、たくさんの埴輪が並べられていた。
外界との垣根である円筒埴輪は、幾重にも列をなして並べられ、
その数6000体と推定される。内堤上の2カ所には人物・動物埴輪
を置く区画(A区・B区)があり、各々50体以上が並んでいたと
考えられる。これは、一つの古墳では最大級の量で、
かつ配列状態もわかる重要な資料である。

《埋葬施設》
 遺体を納めた施設は、後円頂部2カ所存在した。
後円部の中心には舟形石棺が据えられた。古墳を築いた豪族本人
の棺であろう。その脇には竪穴式石槨(木棺を石で囲んだもの)
も発見された。近親者の埋葬施設であろう。

-----------------(八幡塚古墳 案内板より)

説明に書かれている「人物・動物埴輪が置かれる区画」…
この古墳では埴輪のレプリカ置かれ、再現されています。

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人物・動物埴輪群像(A区形象埴輪配列区) 
 内堤の上に、円筒埴輪による区画(約11m×5m)を設け、
54体ほどの形象埴輪(人物や動物・道具類をかたどった埴輪)
が置かれていた。
 この区画の最初の調査は1929(昭和4)年に行われたが、
出土埴輪の半分は失われた。ここに復元した埴輪は、
現存資料や記録類、新たな出土資料を検討したうえ、想定復元
したものである。
 椅子に座った人々のグループ、立ち姿の人々のグループ、
狩りをする人と動物、整列する人や動物のグループなど
いくつもの場面が見られ、様々な儀礼の様子を表したものだと
考えられる。東日本の人物・動物埴輪でも早い時期に属し、
かつ最も内容が整った事例として知られている。

-----------------(八幡塚古墳 案内板より)

そんなわけで…… ほいっと!

20180314_保渡田古墳群_八幡塚古墳_010

埴輪さんたちをぐるぐるーっと観察。
実は私、古代の文化や埴輪にも興味を持って幾つか本を所持して
いるのですが、八幡塚古墳はある書籍でその存在を知ってから、
いつか絶対見に行こうと思っていた場所なのですよね。
まさにこの景色を見たかったのです。
ズラッと並ぶレプリカの埴輪を目の前にして嬉しかったなー。

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(=゚ω゚)ノ「埴輪の赤い色って何か意味があるんですか?」
SERUNA:「魔除けなど、呪術的な意味が込められています」

下の写真は、偉い人に杯を捧げる巫女さん。
琴を弾く男性の埴輪もありますよ。

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鶏や水鳥の埴輪。
あぁぁぁ…もう、めちゃくちゃ可愛い…♪

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腕に鳥を乗せた男性の埴輪。そして鹿さんと狩人。
埴輪のどこがいいかって、このユルさがたまらんのです。

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お馬さんたち。

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こんな風に埴輪に興味を惹かれるようになるとか、
昔は全く想像もつかなかったよ。ちなみに私の部屋の片隅には、
埴輪の武人と埴輪のお馬さんのフィギュアが鎮座していますw
↓ガチャで買った小さいサイズのものですが、可愛いですよ。
https://epoch.jp/rc/capsule/products/?detail=hdds

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