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2019年10月23日 (水) | 編集 |
2019.4.22 探訪 
埼玉古墳群の辺りをぶらり。こちらは『行田市はにわの館』
埴輪好きなのでこういう場所はつい見てしまう。

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外に沢山の埴輪が置かれてありました。
みんな凄く個性的。

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一番注目してしまったのがこの作品。
良いね、可愛いね。(´ω`*)

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『埼玉県立さきたま史跡の博物館』
見たかったけど残念なことに休館日でした。

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ぶらっと歩いていると「移築民家」の文字が目に入る。
ここは移築された『旧遠藤家住宅』
https://www.jalan.net/kankou/spt_guide000000187223/
中に入れるかと思ったけど博物館同様、こちらも閉館中。

20190422_kyuu_endouke_001.jpg

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中はこうなっているらしい。

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家の外側は見れるので、ぐるっと回ってみましょう。

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住宅の裏手にまわる。

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更にまわって横手側。

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正面(遠景より)。
お家の中も見たかったなー… (´・ω・`)

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こちらは『瓦塚古墳』
先程の旧遠藤家のすぐそばにあります。

20190422_kawaraduka_001.jpg

----------------------------
瓦塚古墳 
 全長73mの前方後円墳です。
他の前方後円墳と同じく周囲には長方形の堀が二重に巡り、
墳丘のくびれ部には造出しと呼ばれる張り出しがあります。
また、造出し正面の外側には、通路と見られるブリッジ状の
掘り残しがあります。
 整備に先立つ発掘調査の結果から、その周辺の中堤には、
事を弾く男子、踊る男女、武人などの人物埴輪、盾形埴輪、
家型埴輪など多種の埴輪が立て並べられていたと推定されて
います。
 墳丘内部は未調査であるため、埋葬施設の形や大きさ、
副葬品の内容など詳しいことはまだ分かっていません。
古墳の造られた時期は、出土した遺物から6世紀前半から
中頃と推定されています。

-----------------(瓦塚古墳 案内板より)

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本当はまだ見ていない古墳がいっぱいあるのですが時間切れ。
いつかまた行く機会が出来たらブログで紹介します。


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2019年09月23日 (月) | 編集 |
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この景色の方向に忍城があるのだそうな。
写真に撮ってみたけど小さくてよくわかんないですね。
中央より右側にポコっと凸っぽいものが確認出来る
と思うのですが、それが忍城です(合ってる?)。

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どこからツッコんだらいいのかアレですが、いくらどれだけの
川の水を流しこもうとしたって水攻めは無理があるよなぁ…
なぜ成功すると思ったのか。

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丸墓山古墳と忍城
 天正八年(1590)、豊臣秀吉の命を受けた石田三成は、
総延長28km(一説には14km)の石田堤を築き、忍城を水攻め
しました。丸墓山古墳は高さが19mもあり、周辺を一望できる
ことから三成の陣が張られたと言われています。
 北の利根川水系、南の荒川水系の水を流し込んでの城攻めは
成功せず、豊臣秀吉が唯一落とせなかった城とも言われて
います。

----------------(埼玉古墳群 案内板より)

丸墓山古墳から降りて歩きましょう。

20190323_sakitamakofun_036.jpg

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道端にこんなのあったので撮ってみた。
「馬頭観世音」と書かれてあります。

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こちらは字が消えかかっている部分がありよくわかりません。
「剣空道」の文字が見えます。

20190323_sakitamakofun_040.jpg

他にも古墳は幾つかあったのですがでココまで。
時間も時間だったので帰らなくてはいけませんからね。
埼玉古墳群には後にまた行く事になるので、続きはいずれ。


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2019年09月21日 (土) | 編集 |
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続いて「丸墓山古墳」に向かいます。
古墳へ続く道は「石田堤」と呼ばれる堤の一部だそう。

20190323_埼玉古墳群_016

----------------------------
 この一段高い桜並木は、天正18年(1590)に豊臣秀吉の
命を受けた石田三成が、忍城を水攻めした際の堤の一部です。
長さ28km(一説には14km)に及ぶ堤をわずか5日間で築き、
利根川と荒川の水を流入させたと言われています。
三成の陣は丸墓山古墳の頂上に張られました。

----------------(埼玉古墳群 案内板より)

こちらが「丸墓山古墳」です。

20190323_埼玉古墳群_017

20190323_埼玉古墳群_018

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 直径105mあり円墳では日本最大です。墳丘は埼玉古墳群の
中で一番高く、約19mあります。墳丘に使われた土の量は
二子山古墳より多かったという試算もあります。出土した埴輪
から、6世紀前半ころに築かれたと推定されています。
埋葬施設の内容は、現在のところ確認されていません。
 南側から古墳にいたる道は、1590年に石田三成が忍城を
水攻めにした時に築いた堤防のあとといわれている「石田堤」
です。水攻めの際には、古墳の頂上に陣が張られました。

----------------(埼玉古墳群 案内板より)

古墳の頂上にのぼれます。

20190323_埼玉古墳群_019

階段を上る途中、カメラを右に向けてみたところ。

20190323_埼玉古墳群_020

頂上に到着。当たり前ですが何もありません。
三成さんはココに陣を敷いていたんですね。

20190323_埼玉古墳群_021

カメラを時計回りにしてぐるぐるーっと撮影してみよう♪
景色が一望できますよ。

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先ほど通ってきた桜並木が見えます。

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ぐるぐるーー

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登ってきた時から真剣に遠くを眺めている親子連れがいる。
向こうに何があるんだろう?

20190323_埼玉古墳群_032

★その3に続く!
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2019.3.23 探訪 
前日に行った行田市ふたたび。
『埼玉(さきたま)古墳群』にやって参りました。
じっくり見たかったけど、着いた時にはすでに夕刻。

20190323_埼玉古墳群_001

20190323_埼玉古墳群_002

「愛宕山古墳」
古墳ですよと言われないと絶対気付かない大きさ。

20190323_埼玉古墳群_003

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20190323_埼玉古墳群_006

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 全長53m、埼玉古墳群のなかでもっとも小さな前方後円墳
です。最小ではありますが、他の前方後円墳と同じく、
周囲には長方形の堀が二重に巡ることが、発掘調査より確認
されました。墳丘内部は未調査であるため、
埋葬施設の形や大きさ、副葬品の内容など詳しいことはまだ
分かっていません。
 出土した遺物は、円筒埴輪のほか、人物・太刀・盾・蓋
(貴人の傘)などを表現した形象埴輪があります。円筒埴輪
は、高さが40cm前後で、他の古墳に比べ小さいのが特徴
です。古墳の造られた時期は、出土した遺物から6世紀前半
と推定されています。

----------------(埼玉古墳群 案内板より)

続いて「二子山古墳」

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20190323_埼玉古墳群_008

中堤あたりにあった大きな木。

20190323_埼玉古墳群_009

再び古墳に目を向ける。
こちら側が、古墳の足元の辺りでございます。

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----------------------------
 全長138mの前方後円墳です。かつての「武蔵国」(埼玉県、
東京都、神奈川県の一部にあたる)で最大の古墳です。
 周囲には、長方形の堀が中堤をはさんで二重に巡り、
墳丘くびれ部と中堤には造出しと呼ばれる張出しがあります。
現在遊歩道になっている高まりが中堤にあたります。
内堀は、今は水堀になっていますが、古墳が築造された当時は
水はなかったと考えられています。本格的な発掘調査はされて
いないため、埋葬施設の形や大きさ、副葬品の内容など、
詳しいことはまだわかっていません。出土した埴輪の形から、
古墳の造られた時期は、6世紀初め頃と推定されています。

----------------(埼玉古墳群 案内板より)

整備工事休工中。
復元後、経年劣化し墳丘のすそが崩落してしまう事態に。
これ以上崩れるのを防ぐため、水堀としていた内堀を埋め立て
新たに整備していくらしいです。

20190323_埼玉古墳群_012

20190323_埼玉古墳群_013

二子山古墳を横から見たところ。

20190323_埼玉古墳群_014

別の古墳に向かいましょう。

20190323_埼玉古墳群_015

★その2に続くよ!
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