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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2014年03月28日 (金) | 編集 |
2014.3.15参拝
続いては『河邊神社』へ向かいます。
ここはただ、何となく参拝に立ち寄ってみたところ。


一緒にいた旦那がすぐ足元に気付いたんですが、
神社のそばにあったマンホールの絵が可愛かったのでまずは一枚。
誰もあまり見ないだろうけれど、こういう所に注目してみると
地方ローカルなものに出会えたりして面白いw

「マンホール」「マンホールの蓋」と検索するとマニアックな
世界に出会えちゃったりするかも。

20140315_河邉神社_001


河邊神社
http://www.unnan-kankou.jp/contents/orochi/17
御祭神:久志伊奈太美等與麻奴良比賣命(奇稲田媛命)
配祀:清之湯山主三名狭漏彦八島篠命(スサノオとクシナダの御子)

------------------------------
当社は、延喜式神名帳及び出雲風土記所載の式内社としての
古社である。奇稲田媛命、御子を生みまさむと此の處に至りて
「いと久麻久麻しき谷なり」と宮居し給うと、天平五年(733)
の古文書にあり、往時が偲ばれる。当時は、下熊谷の境の
烏帽子山の麓、字松林の地に鎮座せしも後に中央の舟津の現在地
に移転している。(嘉祥四年(851)に神階六位上に叙せられ、
明治五年に村社に列せられた)

往時は、境内二十五間四方本殿より鳥居までの参道の長さ
約六十四間(115米)あったが、明治六年の洪水により境内流出
堤防構築等により、風致大いに変わった。明治三十八年上熊谷
地区に鎮座せる正八幡宮、海原神社を当地に合祀、明治四十四年
に並列的に建てられていた三神社を現在の相殿として。その後、
老朽化し、昭和四十二年十一月遷宮を執行し今日に至っている。


----------------(河邉神社 境内案内板より)

20140315_河邉神社_002

出雲国風土記の『飯石(いひし)の郡』に書かれてあります。

クシナダが妊娠をしてお産をするときになり、
産所を探しここまでやって来ました。そしてみことのりをし、
「ここは大層久麻久麻しい谷(隠れ篭った谷)なり」と喜んで
仰せられ、この場所を御産所とされたのです。今でも産湯に使う
水を取ったとされる井戸の事を「熊谷さん」と呼ぶそうで、
地名のいわれにもなっています。

20140315_河邉神社_003

神社の御由緒を読むと元々神社があった場所は、
「下熊谷の境の烏帽子山の麓」…と書かれていますね。
どの辺になるのかはわかりませんが、熊谷さんと言われる井戸って
まだ残されているのでしょうか。場所がわかれば元あった場所へも
行ってみたかったです。(記事:©SERUNA)


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2014年03月27日 (木) | 編集 |
2014.3.15探訪
宇賀神社から続いて足を運んだのは雲南市にある『佐世神社』。
ここからは以前の旅で、八岐大蛇の物語をめぐるコースとしてまだ
立ち寄っていない場所へ行こうと組み込んだもの。


佐世神社もそのうちのひとつだったのですが、どんな所だろう
とワクワクだったのに到着してみて「えぇぇー!」な展開に。

20140315_sasejinjya_001.jpg

佐世神社
http://www.unnan-kankou.jp/contents/orochi/15
主祭神: 須佐之男命、奇稲田姫命
-------------------------------
佐世神社の境内にある。幹廻り約7.6メートル、枝が八方に拡がり
約3.8メートル四方に及ぶ椎の古木で、枯れては又芽を吹き、
現在のは五代目の木といい、「佐世郷。郡家の正東九里二百歩なり、
古老の伝へに云へらく、須佐之男命、佐世の木の葉を 頭さして踊躍り
たまふ時に、させさる佐世の木の葉地に堕ちき。故、佐世といふ。」
とあり、佐世の木の葉をかざして舞われ、その葉がここに落ちたので
佐世というと伝えた。

--------------------(佐世神社 案内板より)

20140315_sasejinjya_002.jpg

普段から口癖のように言っていますが、地名には意味があるのです。
昔からある地名には意味なく付けられた物なんてありません。
『佐世』という地名は、八岐大蛇を退治したスサノオがこの辺りの
小高い丘で佐世の木の葉を頭に挿して舞を舞っている時にその葉が
ここに落ちた事から由来するもの。成長したものが巨木になり、
この神社に残っているのだそうです。

ついでにもうひとつ。
リンク先の説明によれば『神楽』の始まりは、この時スサノオが
勝利の歓声をあげながら踊躍を舞った事からとありますね。

さて、神社を参ぱ……え?

20140315_sasejinjya_003.jpg

マジですか。
なんか、ここから入っちゃいけねぇよの看板が立ってるし。
というかそれ以前に参道からもう草ボーボーだわ、石段が崩れそう
だわ、蔓が絡みまくってるわで先へ進むとか無理だろコレ…

この先どうなっちゃってんの? 神社は今どうなってんの?
どうでもいいけど、こんな風になるまで放置されまくってたの?
神社の管理がもうちょっと何とかならなかったのか。
せっかくここまで来たのにガッカリだよ… orz

流石に『立ち入り禁止』から先に進むことは常識的にアレだし、
足を踏み入れて怪我をするのもイヤなので潔く諦めました。
もしかしたら、ここ以外にルートがあったとか?
(記事:©SERUNA)

《旅のコースについてはこちら》
二泊三日の島根旅


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テーマ:神社
ジャンル:学問・文化・芸術
2014年03月27日 (木) | 編集 |
2014.3.15参拝
出雲大社を参拝した後は『宇賀神社』へ足を運びます。
《この日のコースについてはこちら》
二泊三日の島根旅

出雲大社の大国主さんには奥さんと子供が沢山いらっしゃいます。
(ちなみに子供は180人も!)私の中ではさぞカッコ良くてモテモテ
な神様なんだろうというイメージがあるのですが、
そんな大国主さんも一度だけフラれてしまった経験があるのです。


20140315_ukajinjya_001.jpg

宇賀神社
http://yaokami.jp/1320341/
御祭神:大己貴尊、綾門姫命
---------------------------------
今を去る1200年前、天平五年聖武天皇の御代、
733年に作られたものに「出雲風土記」があります。
これによると、八世紀はじめの出雲の状況を詳しく知ることができます。
また出雲風土記から200年ばかりのちになってできた全国の神社を一覧
したものに「延喜式」の神名帳があります。これに載せられている神社は、
いわゆる「式内社」と申しまして由緒正しい古い神社であります。
 わが宇賀神社は、この両方のいずれにも記載されておりまして、
遠く長い昔から、私達の先祖代々の人達によって祭られて参りました。

出雲風土記によりますと、大己貴命が神むすびの命の御子である綾門姫命
に求婚されました。ところが綾門姫命は承諾なさらないで、身を隠された。
〜求婚された女性が身を隠し、それを求婚者の男性がさがし出すのは当時
の習慣であって、そのことは播磨風土記にも出ております。〜
そこで大己貴命は、綾門姫命がどこへ身を隠されたのかと、
出雲大社を出て弥山、鰐淵山を経て宇峠のあたりを尋ね伺われた。
それで宇賀という地名になったというのです。現在西北方を奥宇賀、
東南方を口宇賀と称しております。

-----------------------(境内案内板より)
※大己貴尊=大国主さんですよ。

20140315_ukajinjya_002.jpg

大国主:「なんて素敵な人なんだ。私と結婚し…」
綾門姫:「いや」(一言でバッサリ)
大国主: ∑(゚Д゚)

…こんな感じかとw
出雲国風土記を読むとほんの少しだけしか触れられていません。
綾門姫、大国主さんの何が嫌だったんでしょうね?w

神社を参拝していると、軽トラに乗ったお爺ちゃんが。
車を降りてきて私たちに「どこから来なすった?」と尋ねてきた。

SERUNA:「あ、静岡からです。出雲大社を参拝したついでに」
お爺ちゃん:「はりゃぁー、そりゃ髄分遠くからきたモンだなぁー。
     ここをどこで知りなすったの?何かの雑誌かテレビで
     紹介されていたんかねぇ?」(要約)
SERUNA:「何かに紹介されていたワケでは無いんですが、
     古事記や風土記が好きなので、自分で調べて来ました」
お爺ちゃん:「遠くからこの神社に人が来るなんて滅多にないから
     ちょっとビックリしてなぁ…」

出雲地方の方言バリバリだったのでわからない言葉がほとんどで、
チンプンカンプンだったけど頑張って聞いて答えましたよ。
色々話したあとにお爺ちゃん、宇賀神社の境内全てのお社を参拝。
「小さいところもあるからお参りするのは大変だなぁ」
…というような事を言っていたのか、はたまた別な内容だったのか
わからないけれど、そう言い残して「じゃあね」みたいな感じで
どこかへ行ってしまった。あの時最後何て言ってたんだろう?

http://www.youtube.com/embed/2iTEJ4KT-3I
削除されていました。



YouTubeに出雲弁を話しているお年寄りの動画があったので
参考に貼っておくけれど、まさにこんな感じだったので
泣きたくなる。何度か聞き直したけど本気で翻訳機が欲しかった。
(記事:©SERUNA)

余談です
出雲市内に綾門姫が逃げた場所と言われる『黄泉穴』
(地域の人達には「めいどさん(冥土?)」と言われているとか)
という場所もあるらしく、どこにあるのか地元民に尋ねてみたけど、
結局わからず諦めてしまいました。地元民ですら「知らない」と
言い切る場所って…orz


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2014年03月27日 (木) | 編集 |
【出雲大社レポ おまけ】
先月の『カスペ!』でやっていた例の絵馬を発見ww
あの三人組のが一番見つけやすかったw
…っていうか、絵馬は多分ニックネームじゃ叶わな(略

20140315_izumotaisya_018.jpg 20140315_izumotaisya_020.jpg 20140315_izumotaisya_019.jpg
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