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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2014年05月17日 (土) | 編集 |
2014.5.7参拝。
お待たせしました、神社めぐり二日目のレポートです。
池袋でぶらりした後は再び埼玉へ。まずは『氷川女體神社』から♪

この日のコースについてはこちら。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-191.html

(* ´ ∀ `)ノ「先生ー!にょた…」
はい、そこの生徒!ちょっと黙っとれ。m9(゚Д゚#)
女体という言葉に反応しないようにw

須佐之男命が主祭神の『氷川神社』の男体社。
対して、奇稲田姫命が主祭神の『氷川女体神社』の女体社。
そして大己貴命がお祀りされる『中山神社(別名、中氷川神社)』の
氷王子社。この三社でひとつの氷川神社だという説があるそうなのですが、
それについての詳しい説明は長くなりそうなので省略。

20140507_氷川女體神社_001

武蔵国一宮 氷川女體神社
http://ichinomiya.gr.jp/024.html
御祭神:奇稲田姫命、(配祀)大己貴命、三穂津姫命

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 当社は崇神天皇の御代に、出雲杵築の大社を勧請した古社で、
武蔵国一宮として見沼のほとりに鎮座している。
主祭神は奇稲田姫命で、大己貴命と三穂津姫命を配祀している。
 当社の御手洗瀬である見沼を囲み、大宮氷川神社(男体社)
大宮中川の中山神社(簸王子社)とともに、三社深い関係にあり、
「三宝」を伝えてきた。

 古代。女神を祀るところや、社殿が東方に向いているなど、
その創立の古さと由緒を偲ばせている。
 中世以来。武門の崇敬を集めており、これらにゆかりある宝物
も多い。徳川家綱によって現存する社殿も建てられた。
 古来からの御船遊神事は、見沼干拓後、磐船祭として行なわれ、
その遺跡が現存している。また、暖地性植物が繁茂する社叢は、
天然記念物であり、故郷の森にも指定されている。


--------------(氷川女體神社 境内案内板より)

20140507_氷川女體神社_002

拝殿の写真のみ、私が撮ったものでは無くて旦那が撮ったもの。
(帰ってからウッカリ撮り忘れた事に気付いたため)

社務所にあった巫女人形たち。一体1200円也。
この巫女さんは願いを祈る事によって大神様に届けて下さる仲継で、
ひとつだけ願い事を叶えてくれ、願いが叶ったらお人形に着物を着せて
神社に納めるのだという。

20140507_氷川女體神社_003

滅多に人が訪れる事が無さそうな程、静かな神社。
参拝を終え、石段を降りてすぐ目の前にある『磐船祭祭祀遺跡』
に立ち寄ってみた。四つ並んだ木と注連縄が張られた斎場は、
昭和57年に復元されたものです。

20140507_氷川女體神社_004

---------------------------------
 氷川女體神社では、かつて御船祭と呼ばれる祭礼が行われていました。
これは、毎年あるいは隔年の9月8日に御座船に乗せられた神輿が見沼を
渡って下山口新田の御旅所に渡御するもので、見沼の中に設けられた
祭礼場跡では、何度も繰り返し竹を立てた跡や祭礼に伴うとみられる銭
がおびただしく出土しました(四本竹遺跡)。この御船祭は、見沼と深い
関わりをもった氷川女體神社の根本祭礼でした。
 しかし、享保12年(1727)に見沼の干拓が行われると、御船祭は行え
なくなりました。そこで、新たに祭礼場を造成して、御船祭の代わりの
祭礼が行われることとなりました。これが磐船祭です。

 新たな祭礼場は、氷川女體神社境内の前にある見沼の干拓地に柄鏡池
を掘り、その中に土を盛って造られました。高台にある境内から、
参詣路の石段を降り、見沼代用水を渡ったところから、陸橋(御幸橋)
が設けられ、祭礼場へと通じていました。祭礼場は直径30メートルの
円形の島で、その中央には4本の竹で囲んだ斎域が設けられていました。
ここに神輿が渡御し、御船祭にかわる祭礼としての磐船祭が行われて
いました。磐船祭は享保14年9月8日に初めて行われ、幕末から明治の
初期頃まで行われました。その後、磐船祭は途絶えましたが、
祭礼場の跡はそのままに残されてきました。
 見沼と関係の深い関わりを持った氷川女體神社の祭礼を物語る遺跡と
して、極めて重要なものです。なお、昭和57年度に氷川女體神社と
旧浦和市教育委員会によって、復元整備事業が行われました。


------------------(氷川女體神社 案内板より)

水路を渡ってまっすぐ進み、小さな橋を渡るとそこには…

20140507_氷川女體神社_005

側に池があるのですが、亀が甲羅干しをしていましたw

20140507_氷川女體神社_006

『御船祭』が『磐船祭』となり、その後『祇園磐船竜神祭』に。
神事は毎年5月4日に行われています。さいたま市には竜神伝説が、
各地に残されています。川や沼など水がある場所には水神がいると
考えられていますが、その姿がよく竜や蛇に例えられることから、
この神社との関わりも見えてくるような気がします。

関連:見沼田んぼの歴史
http://www.minumatanbo-saitama.jp/outline/history.htm

祭祀跡のすぐ横には公園があって、
犬を散歩させる人や、親子で楽しそうに遊んでいる姿も。
陽気が暖かかったんで神社を参拝するには良い日でございました。
(記事:©SERUNA)

余談です
氷川女體神社の動画を探していたら、この神社だけでなく、
あちこちの神社を心霊スポットにしていた大馬鹿野郎がいました。
わざわざ夜に訪れて何が面白いんだか。神域に幽霊なんかいませんよ。
こういうヤカラにはこっ酷い神罰がくだればいいと思うのよね。
神様が祀られる神社に深夜不法侵入し、そこがまるでお化け屋敷かの
ように騒ぐ輩は、神様にお願い事をしても絶対に叶わないでしょう。


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