取り敢えず、北の御旅所で行われる神事をじっくり見たい。
この時間は曇天ではっきりしないお天気。画像暗くてゴメン。
北の御旅所の辺りは、日本武尊をお迎えした言い伝えに由来して、
『迎え島』と呼ばれています。現在は海中に没してしまいましたがその昔、
日本武尊がこの地に上陸した時に腰掛けた『神岩』と呼ばれる岩が
存在しておりました。
「日本武尊東征の日御腰を此巖上にかけ玉ふ。
故に里人尊敬して神岩と号す。往古は、此辺海岸也」(駿国雑志)
全景を撮ろうと思ったけど忘れたw
取り敢えずまず最初に『御笛』の人の写真を貼っておく。

■北の御旅所
--------------------------------ーー
東海一の荒祭で知られている焼津神社の「焼津荒祭り」の勇壮豪快な
神輿渡御行列は圧巻で、総勢二百人を超える神役の行列に加えて、
大勢の若衆により前神輿、後神輿が市内を練り歩く。
“おやすみさん”と呼ばれる御旅所のうちで当「北の御旅所」はその昔、
祭神・日本武尊が上陸した場所と伝えられ特別な神事が行われる。
ひとつは「御供捧の神事」で、上陸を記念して氏子から選ばれた少女が
特殊神饌を捧げる。
ひとつは先導役・猿田彦大神の「大榊」で、この榊の一枝を授かると
「福が授かる」といわれ白装束姿の若衆が我先に群がりこれをいただく
など独特の様相を呈す。
---------------------(北の御旅所 案内板より)
獅子。
「アンエットン」の掛け声と共に、前後に行ったり来たり。
北の御旅所にやってきた御神輿の鳳凰に噛みつきます。

先輿が御旅所の中へ。


次いで後輿が御旅所の中へ。


先輿(向かって右)と後輿(向かって左)はこの状態で並びます。

★その3-2に続く。
→ http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-362.html
ブログ応援にランキングボタンや拍手をポチッと
いただけたら嬉しい。いつもありがとう♪

にほんブログ村
ここは御神輿を近くで見るのには意外と穴場。
向かいにある駐車場のフェンスの内側に入って御神輿を待ちます。
ちなみにフェンスの外側は危険ですよ。内側で待ちましょう。

御神輿(先輿)がやってきました。
写真で写すとまんまこの距離で見る事が出来ます。
沓脱之旧蹟の前で「やれきたぁぁぁーーーー!」と始まったら
初めての人はここでその恐怖を味わえw
(私は毎年見てるから慣れてる)

御神輿と白装束の勢いが凄すぎてフェンスが斜めにひしゃげる。
あ、これはちゃんと白装束の人が直していましたけれども。
直しても斜めっちゃっているんで、いつか壊れるんじゃないか
と思うとちょっとハラハラするねw

担ぎ終わると、御神輿は次の場所へ向かいます。
常に日本武尊が乗られた御神輿(先輿)が先を行きます。
後輿は先輿を追い越すことは決して無…
(゚Д゚)ノ 「はーい、先生ー!それはもうわかったよ。
でもなぜ後輿は追い越さないの?先に行っちゃえばいいのに」
SERUNA:「じゃあ、わかりやすいように説明しよう。
部下の車が社長の車をスルーして追い越しできるかい?
上司をさしおいて部下が前へ出るのは失礼だろ」
∑(゚Д゚) 「あ、そっか!」
さて、少しすると後輿がやってきます。先輿と同様、
沓脱之旧蹟の前で白装束の人たちが猛々しく神輿を担ぎます。


担ぎ終わると先輿と同様、後輿も次の場所へと向かいます。
↓その後ろから来たもの。

もう少し後ろへ行くと宮司さんが馬に乗っていた。
すらっと伸びた馬脚、ツヤツヤの毛並みとこのお尻に萌える。
(宮司さんよりも馬の方に注目してしまう私。いいよね、馬)


『御神子(※「いちっこ」と呼ばれている)』も乗馬で。
小さなお子様なので馬に乗るには白装束のサポートが大勢必要
ですね。御神子は最後の御旅所で行われる神事で、
『穢れない姿・所作』によって人々の心を清め、神様のお力を
授けるための大切な役。

御神子の後ろに『御供捧(おんくささげ)』の女の子。
御供捧の役目としては、全ての氏子と崇敬者の代表として、
神様に神饌を捧げる…という、とっても重要なお仕事をします。
【御神子と御供捧】この子たちは大祭が全て終わるまで足を
地につける事が出来ませんので、馬乗っている以外は白装束の
男性二名により担がれています。

御供捧の後ろに『流鏑馬』。焼津の町に災いの無いことを祈り、
青竹で作られた御神矢を掲げ馬で駆ける役。江戸時代、
代々流鏑馬役を務めた村岡家にカネタカさんという流鏑馬の
名手がいたことから、今でも流鏑馬役は別名「カネタカ」とも
呼ばれます。
(記事:©SERUNA)

★その3に続く。
→ http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-361.html
ブログ応援にランキングボタンや拍手をポチッと
いただけたら嬉しい。いつもありがとう♪

にほんブログ村
むしろ御神輿がメインでございます。血湧き肉躍る…そんな感じ。
焼津神社の御祭神は氏子地区をぐるっとまわり、最後、神社に帰還してから
境内を練り歩いて御本殿に戻るといった具合です。
荒祭の時間表示 ※pdfで開きます。
http://yaizujinja.or.jp/wp-content/uploads/2014/04/timeschedule.pdf
神輿渡御順路略図 ※pdfで開きます。
http://yaizujinja.or.jp/wp-content/uploads/2014/04/course.pdf

---------------------------------
焼津神社の信仰が如実に具現化されるのが『荒祭り』で名高い、
八月の例大祭渡御神事である。焼津の里人は正月よりも、八月の大祭に
よって『焼津っ子』としての成長を自覚するといわれている。
焼津の祭りは神への奉仕であり、神と人、或いは祭る者と祭られる者
との霊的な接触であり、絶え間なき斎戒のもとに行われ、神と人との
合一を究極の目的とする、祭り本来の姿を見い出すことができる。
十二日御神楽祭の荘重極まりない静と、十三日例祭の二基の神輿を
中心に漲りほとばしる動の世界は、神人一体となり、本質的な神と人と
の交渉を深め、人の祈りを神に通じさせるための信仰形態でもある。
神輿に群がる若者達はもとより、他所に嫁ぎ、この日の忘れ得ない
感動を胸におさな児を連れて里帰りした人、いつかは自分が主役にと
目を輝かす少年達、それらの心の中に神の存在を意識するのである。
------------------(焼津神社 参拝の栞より抜粋)

御神輿はいわゆる神様の乗り物。
御本殿より魂が移された二基の御神輿は、
拝殿から出た後に、上の写真の場所に置かれます。


宮司さんがやってきて祝詞を唱えます。

いよいよ神輿が出発。金の巴紋の『先輿』には日本武尊。
銀の巴紋の『後輿』には吉備武彦命、大伴武日連命、七束脛命。
後輿は先輿を追い越すことは絶対にありません。

白装束の皆さん、いつもより元気な掛け声。
祭りスタートはやたらとテンションが高かったですw

どなたかがYouTubeにアップしている、今年の荒祭動画を拝借。
映り込んでいたらどうしようと思ったけれど背が低くて助かったw
(おっさんの影に隠れていて良かった…)
この撮影者、一番危険な松の木の地帯にいますねw
御神輿の迫力を感じたい人はここが一番いいかも知れません。
巻き込まれそうになるリスクもありますが、その辺は自己責任で。
(記事:©SERUNA)
国選択無形民俗文化財『獅子木遣り』なんてのもありますが、
これは各自でググって下さい。宜しければYouTubeで動画なんかも…
★その2に続く。
→ http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-360.html
ブログ応援にランキングボタンや拍手をポチッと
いただけたら嬉しい。いつもありがとう♪

にほんブログ村
筋肉痛で体が痛いッス。orz
そんな中、頑張って焼津神社大祭『荒祭』二日目のレポートを作成中。
本日は夜に『海上花火大会』があります。できたら今日中にアップ
したいころなんですが、このあいだみたいに間に合うかな…
書くことも多いけれど撮った写真の数も多いので、編集が大変。
全ての行事を追いかけることは無理でしたので、
記事はブツ切りになっていますが、何とかやってみようと思いますw
暫くレポ作成に集中したいので、コメ欄は閉じておきます。