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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選びください。
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2015年01月27日 (火) | 編集 |
神社レポを中断してちょっと書かせてもらう。

『映っちゃった映像GP』とかう番組。
福井県の雄島にある『大湊神社』で心霊企画やっていたけど、
関わったスタッフやタレント含めてバチが当たればいいと思うよ。
神聖な神社の境内で、霊がどうのとかやってんじゃねえよ。

神社に神霊はいるけど、
心霊なんかいないっつーの!


これから行って神社で肝試ししようとしている連中にも警告。
あんたら注意したほうがいいよ。幽霊がどうのとかいうよりも、
神さんが与える罰のほうが数倍怖いよ。
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2015年01月27日 (火) | 編集 |
検索でこの記事に辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-606.html

大己貴命がお祀りされるお社の横に、摂社『三河えびす社』が。
ここには大己貴命(大国様)の御子神が祀られています。

事代主と建御名方は、古事記にも登場する国津神ですね。
『事代主命』は智徳の神で、釣りが大好きな神様。
『建御名方命』は体徳の神で、物凄い力持ちな神様。
双方とも腹違いではありますが大国様の息子です。

ちなみにどうでもいい情報かもですが…
お兄ちゃんが事代主命で、弟が建御名方命でございますw
大己貴命(大国様)には180人の子供がいらっしゃいますが、
その内の二柱の御子です。

三河えびす社 御祭神
二宮:事代主命、三宮:建御名方命

20150124_togajinjya_005.jpg

砥鹿神社には本宮山に『奥宮』が存在するのですが、
この日はそこまで行く時間が無かったため、里宮のみの参拝。

20150124_togajinjya_006.jpg

奥宮まで参拝に行けない人は、神社境内に遥拝所がありますので、
そちらで済ませてしまいましょう♪


20150124_togajinjya_007.jpg

奥宮遥拝所の横にポツンと建つのは『守見殿神社』。
この小さなお社に三柱の神様がおられます。守見殿の御祭神は、
『大己貴命の和魂』『迦久の神(鹿の神)』『倉稲魂命』。

20150124_togajinjya_008.jpg

…その他の摂社は省略。
砥鹿神社を後にした私らは続いて『菟足神社』へと向かいます。



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2015年01月27日 (火) | 編集 |
久しぶりの神社めぐりです。
土日の二日間にわたり、愛知県の神社をあちこち参拝してきました。
本日より順にレポートをアップしていきますね♪

この日の時系列についてはこちら。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-603.html

2015.1.24参拝
さて、神社めぐり一日目のスタートは、
三河國一之宮『砥鹿神社』!(とが神社と読みます)
下の写真は、国道151号線側の鳥居。もしかしたらですけれど、
私ら、裏側から入ってしまったかも知れないです。(;´Д`A

20150124_togajinjya_001.jpg

境内の片隅にあった『神鹿絵馬殿』。
でっかい鹿の張り子(親子三頭)が奉納されていました。
(牡鹿の角部分には本物の角がくっ付いてた)

20150124_togajinjya_002.jpg

次に、大己貴命がお祭りされるお社の写真と、
いつもの神社解説いきますよー♪

家運隆昌、交通安全、厄難消除の御神徳高く、
東海の総鎮守の社。


20150124_togajinjya_003.jpg

三河國一之宮 砥鹿神社(里宮)
http://togajinja.or.jp/
御祭神:大己貴命
-----------------------------ーーー
【里宮の歴史】
『但馬続風土記』によれば、神代大己貴命は国土を開拓し、諸国を巡幸
されて 但馬国朝来郡赤淵にお移りになって、更に東方三河國に向かわれ
たとあり、社伝にはその後命は「本茂山」(本宮山)に留まって、
この山を永く神霊を留め置く所「止所(とが)の地」とされたとある。
 そして、里宮に大神が鎮まるに至った経緯を、本宮縁起中最古の資料
「三河國一宮砥鹿大菩薩御縁起」(明応九年)は次のように伝えている。

 文武天皇の大宝年間に天皇の病を鎮める為、草鹿砥公宣卿が勅使と
して「煙厳山」に使わされた。公宣卿は三河の山中において道に迷うが、
この時出現した老翁の導きにより無事祈願を果たし、天皇の病も平癒
された。天皇はこの老翁に礼を尽くすため、再度この地に勅使を
使わされた。公宣卿は再び三河国本茂山に入って老翁と面会し、
その望みにより山麓に宮居を定めることとなった。その時老翁は衣の袖
を抜き取り、宝川の清流に投じたが、公宣卿はこれを追って山を下り、
山麓辰巳の方の岸辺に留まった袖を取り上げて、七重の棚を作り七重の
注連縄を引廻らせて斎き祀ったのである。

 古くから朝廷の崇敬篤く、文徳天皇嘉祥三年に従五位下とあり、
順次神階を進め、貞観十八年には従四位上に至った。こうして平安時代
には、「延喜式内社」に列せられ、次いで三河国の国司が国内神社に
巡拝奉幣する筆頭神社「一之宮」になったのである。
 その後江戸時代に入っても周辺藩主の信奉篤く、文政十年に正一位が
授けられ、また明治四年には国幣小社筆頭に列せられた。


------------------(砥鹿神社 参拝の栞より抜粋)

神社の正面にあたる鳥居の方角に、
この神社に関する歴史的なものがまだ色々あったらしいのですが…
帰ってから気付き、後の祭り。もっと調べておけば良かった。orz

20150124_togajinjya_004.jpg


★その2に続く。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-607.html


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