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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2015年02月21日 (土) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-647.html

「千葉から富士山が見えるワケがない」
と、そう思っていた時期が私にもありました。(´・ω・`)
神社をまわる前、千葉を南下している時に雪を被った富士山の頭が
肉眼でもでっかく綺麗に確認できる場所があったんですが…
「あれが富士山なワケないだろ」と言い張っていたんですよねw

旦那:「あれが富士山じゃなければ大事件だよww」
SERUNA:「だって東京の都心部ですらコメ粒くらいしか見えない
    感じの富士山が、千葉からでっかく見えるとかありえない」
旦那:「じゃあ、アレが富士山じゃなければ何だというの?」
SERUNA:「富士山のようなもの」

20150214_sunosaki_007.jpg

………遥拝所があるよ。
「まさかあれ、本当に富士山なのか」と進んでいく。

20150214_sunosaki_008.jpg

富士遥拝所から見える景色。
さっきまで富士山のようなものと言い張っていた山が目の前に。

20150214_sunosaki_009.jpg

あぁ…富士山だ、間違いなく富士山だ。

富士山のデカさを信じなかった私は静岡県民として失格だよ。
普段見慣れている美人なのに「別物」と言い張った自分は最低だ。
つーかココまで見えるって、どんだけ凄いんだよ富士山。orz

(=゚ω゚)「ジャンピング土下座モノだね先生」
SERUNA:「思う存分なじるがいいさ」
(=゚ω゚)「あと心の奥底で絶対、千葉県の事バカにしてたよね」
SERUNA:「ぐうの音も出ません…」

20150214_sunosaki_010.jpg

いや、でも本当にここまで綺麗に見えるとは。
伊豆越しの富士山の頭が確かに見えました。写真じゃ伝わりづらい
と思いますけれど、肉眼で見るともっと綺麗なんです。

20150214_sunosaki_011.jpg

神社の宮司さん曰く、ダイヤモンド富士を見る会(撮影する会?)
ってのがあるみたいですよ。この辺りでは夏のある時期に、
素晴らしいダイヤモンド富士を拝める時があるのだそうで…
社務所にその時の富士山の写真が飾られていました。

浜の方に向かうと神社の浜鳥居(一の鳥居)があり、
そこから富士山を見る事も出来ます。

皆さんも是非『洲崎神社』へ
参拝に出かけてみてはいかがでしょう。



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2015年02月21日 (土) | 編集 |
この日の時系列はこちら。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-639.html

記事をふたつに分けますね。
洲崎神社の位置をゆるキャラで説明するとチーバ君のつま先あたり。
まずは安房神社から洲崎神社へ向かう道のりで見た、
綺麗な菜の花の写真をひとつ…

20150214_nanohana_001.jpg

2015.2.14参拝
神社関連の番組はつい観てしまうんですけれど、
洲崎神社は最近、タカトシの『ぶらぶらサタデー』っていう番組で
知った神社だったり。実はここも安房國の一之宮なんですよねー。
源頼朝公のエピソードから「リベンジの神様」と呼ばれているとか
何とか言っていましたけれど。

20150214_sunosaki_001.jpg

鳥居の先に見えるのは隋神門。それをくぐると石段。
石段の上にぽつんと見えるのが拝殿です。

20150214_sunosaki_002.jpg

安房國一之宮 洲崎神社
http://www.sunosaki.info
御祭神:天比理刀咩命/相殿神:天太玉命、天富命
-------------------------------
 神武天皇の御代、安房忌部一族の祖天富命が勅命により四国の
忌部部族を率いて房総半島を開拓され、忌部の総粗神天太玉命の后神
天比理刀咩命を祀ったのが当社です。平安時代の延喜式神名帳に式内
大社后神天比理刀咩命神社とあり、元の名を洲ノ神(すさきのかみ)
と称されていました。

 鎌倉時代の治承四年(1180)石橋山の合戦に敗れ房総の地に逃れ
てきた源頼朝公は、先ず当社に参籠し源氏の再興を祈願し、寿永元年
(1182)には奉幣使を派遣し妻政子の安産を祈願して、広大な神田を
寄進。以降関東武家の崇敬篤く、里見家七代義弘は社領五石を寄進。
徳川幕府も朱印状で安堵しています。
 室町時代には、江戸城を築いた太田道灌が、鎮守として当社の
御分霊を奉斎したのが神田明神の摂社八雲神社の前身と伝えられて
おり、東京湾をはさみ湾の西海岸に位置する品川、神奈川にも御分霊
を奉斎する神社が数社あります。また成田市鎮座熊野神社境内には、
明治二年(1765)建立の「六十六社石碑」があり、四方に一宮の
社名が彫られ、安房國一宮として当社の社名が彫られていて、
広く信仰されていたことがうかがわれます。
 江戸時代後期の文明九年(1797)、房総の沿岸警備を巡視した
奥州白河藩主老中 松平定信が当社に参詣し「安房國一宮洲崎大明神」
の扁額を奉納されました。


-------------------(洲崎神社 参拝の栞より)

20150214_sunosaki_003.jpg

上の写真は随身門。参拝するにはこの門をくぐり、
147段ある急勾配の石段をのぼっていく必要があります。

20150214_sunosaki_004.jpg

祭りの日には石段中央の手すりが全て外され、御神輿が通るとか。
石段を登ると両側に、綱をつける場所があります。
(ちなみにこの綱は御神輿につながれ、命綱のような感じに…)
YouTubeから動画を拝借。見ているとハラハラしますね。



この石段をのぼりきった時、後ろを振り返るとそこには…

20150214_sunosaki_005.jpg

石段をのぼってきて他の参拝者もハアハアしていましたが、
たかが147段といっても階段が急だと苦しくもなりますわなw
写真だとこんな感じだけど、実際見るともっとすごいハズ。
一旦休憩をして息を整えたらお参りをしましょう。

20150214_sunosaki_006.jpg

★その2に続きます。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-648.html


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