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2015年07月15日 (水) | 編集 |
お寺の話についてはその1をご覧下さい。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-837.html

さて、鬼岩寺の境内の片隅に、小さな神社がございます。
『黒犬神社』と言われるこの神社には、クロという犬が神として
お祀りされているのですが、このお寺には『黒犬伝説』という
むかし話が残されているのです。黒犬伝説にはふたつの説があり、
ひとつは藤枝の田中城のお殿様が関わる物語。もうひとつの説は
田中城のお殿様ではなく、土佐守というお殿様が関わる物語。

どちらが本当かはわかりませんが、こういうお話があったんだよ
という事で。

20150714_kiganji_009.jpg

まずはひとつめ、田中城のお殿様とクロの物語。
-----------------------------
 昔、鬼岩寺にクロという、とても強い犬がいました。
それを聞いた田中城のお殿様は、自分の自慢の犬シロと噛み合い
をさせてみると、クロのそれはそれは強いこと、あっという間に
勝負がつきました。愛犬のシロが負けた悔しさにお殿様はクロを
捕まえて打ち首にするように、家来たちに命じました。

 何十人もの槍や刀を持った侍に追い詰められたクロは、逃げ場
を失ってとうとう近くにあった井戸(生涯センターの正門近く)
に身を投げてしまいました。その時井戸の中から黒い煙が
もうもうと立ち上がり、それが何百何千という黒犬となって、
いっせいに吠え立てました。さすがのお殿様もびっくり。
やっと自分の身勝手に気付き、深くクロに詫び、黒の霊を慰める
ために、黒犬神社を造ってまつりました。


---------------(鬼岩寺 境内案内板より抜粋)

20150714_kiganji_010.jpg

もうひとつ、土佐守というお殿様とクロの物語。
-----------------------------
 土佐守は東海道一と恐れられているクロと、自分の土佐犬を
是非勝負させたいと参勤交代をたのしみにしていました。
噛み合いになる直前に、遠州の春野からたくさんの犬たちが、
クロを、助けようと、鬼岩寺に集まって吠え立てたので、
土佐守の土佐犬は、しょんぼりしてしまって、
戦いにならなかったという事です。


---------------(鬼岩寺 境内案内板より抜粋)

でも、鬼岩寺の境内には田中城のお殿様が建てたクロの供養塔が
残されているんですよね。どちらの話が本当か…ではなくて、
ひょっとしたら両方とも本当の話で、土佐守の物語が最初に来て、
田中城のお殿様の話が土佐守の話のあとに来るのではないかな
と思うんですがいかがだろうか。ー話の組み立てとしてはその方
が自然じゃないですかね?

つまり、ふたつの物語を組み合わせると…

東海道一と言われるクロが土佐守の土佐犬と勝負をする→
春野から集まった仲間が吠え立て、土佐犬がビビってクロの勝利
→噂を聞きつけ田中城の殿様が愛犬シロを連れて勝負を挑む→
クロの圧勝→田中城の殿様逆ギレ!「もの共!あやつを殺れ!」
→追い詰められたクロが井戸に飛び込んで殿様をビビらす→
田中城の殿様、改心して供養塔を建てる。

その1にリンクしたページの一番下にも、合わせワザの物語が
書かれていますので、読んでみては如何でしょう。
クロのことを想って逃がしてやる和尚さん。しかしそれでも、
戻ってきてしまうクロの場面は何となく切なくなります。
http://fujiedajuku.jp/html/temple_30.html

20150714_kiganji_012.jpg

-----------------------------
 遠州春野町、春埜山からつかわされた神の犬(オオカミ犬)
「くろ」をまつる。今から230年ほど前、田中城主のわがまま
を正し自ら井戸に飛び込む(黒犬物語のむかし話)右の供養塔
は感謝と供養を願って、田中城主みずから建てられたもの
であり、安産や子宝をのぞむ人、勝負の必勝を願う人、
塔にかるくふれて一心にお願いしてください。
御縁日 九月五日


-----------------(鬼岩寺 境内案内板より)

黒犬神社のお社の中を覗くと、神犬クロの像。
その周りに可愛い犬のぬいぐるみが。クロが寂しくならないよう
お友達みたいな感じで置かれているのでしょうかね?

20150714_kiganji_011.jpg

ちなみに「クロが飛び込んだ井戸はどこだろう?」
と探したんですけど、現在は埋め立てられてしまっている模様。
残っていないのか…とガッカリしたのは私だけではないハズ。

クロの物語が気になった人や、わんこ好きな人、
是非この『鬼岩寺』へ参拝に出かけてみてはいかがでしょう。
伝説をたどる旅なんてのも面白いかも知れませんよ。(´∀ ` )ノ


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2015年07月15日 (水) | 編集 |
5月の神社めぐりのレポートを一時中断してこんな話を。

2015.7.14参拝
以前何度か足を運んだことがあるのですが、
お寺の中にこんな小さな神社があるよーという事で紹介したい
と思います。某SNSでも前に記事を書いた事がありますが…
憶えているフレンドさんはいるだろうか(って憶えてないか)。
初見の人も是非憶えていってね。

神社を紹介する前に、境内にあるなんやかんやを載せておこう。

20150714_kiganji_001.jpg

高野山真言宗 楞巌山 鬼岩寺
http://fujiedajuku.jp/html/temple_30.html
御本尊:聖観世音菩薩

-----------------------------
 寛保2年(1741)31世照秀の記した『鬼岩寺縁起』
によると、楊厳山鬼岩寺は神亀3年(726)行基菩薩によって
開創されたという。行基(668~749)は河内国の豪族
高志氏の子として生まれ、15歳で出家し道昭・義淵に就いて
法相唯識学を究めた。学問追究にあきたらず民衆の中に入って、
寺を作り、土木事業に携り、国分寺・東大寺建立に大きな力を
発揮した。その功績によって、我国では最初の大僧正に任ぜられ
た奈良時代一の高僧として有名である。
 神亀3年(726)行基は東国地方へ布教の途上、
此の地に寄った。寺も無く仏教を信じる者が少ないのを憐れんだ
行基は、衆生を救済し、仏教弘通の根拠地とするため、自らの手
で聖観世音菩薩を彫りあげて祀ったのが、鬼岩寺の始まりで
あったという。現在この観世音菩薩は秘仏であり、33年に1度の
開扉法要を待たねば拝顔できない。


------------(佐野石材『藤枝宿』のページより)

ウッカリ本堂を撮り忘れてしまったので、
寺の写真は無い。orz

境内にわんさか石塔があるのでこいつを紹介。

20150714_kiganji_002.jpg

20150714_kiganji_003.jpg

-----------------------------
鬼岩寺の石塔群
 鬼岩寺には境内から出土した1600点以上にのぼる五輪塔や
宝篋印塔などの石塔部材が保存されています。これらは中世から
近世にかけての墳墓の墓標であったとみられるもので、
このようにまとまって出土しているのはたいへん珍しい例です。
なかには銘文をもつものがあり、今川氏の家臣であった
「矢部隼人佑」の人命や、南北朝期にあたる「永徳元年」
(1381年、北朝方の年号)の記号など重要な文字資料が含まれ
ています。


-----------------(鬼岩寺 境内案内板より)

境内に立つ像は、弘法大師像。
今から約千二百年程前、空海上人(弘法大師)は全国をまわり、
数々の奇跡と多くの伝説を残したそうです。ここ鬼岩寺にも
弘法大師の残した伝説があります。

20150714_kiganji_005.jpg

-----------------------------
 開創してから百年程過ぎた弘仁年間(810~823)、
弘法大師空海が東国行脚の折、この地に寄った。ちょうどこの頃
悪い鬼が出て人々を苦しめ、困りはてていた。そこへ弘法大師が
訪れたので、村の人々はこれ幸いと大師に鬼退治をお願いした。
そこで大師は五大尊の像を措き、7日間秘咒を加持すると、
一天にわかにかき曇り、雷鳴とともに鬼が姿をあらわした。
そこで大師はこの鬼を裏山の岩穴に封じこめると、荒れていた空
はたちまち晴れわたり、翌日から鬼岩寺村に鬼は出なくなった。

これを機に寺の名を「鬼岩寺」と称するようになり、
真言宗に改宗され、村の名も鬼岩寺村と称するようになった。
今でも寺の裏山には岩穴があり「鬼岩」とか「魔魅の岩」
と呼んでいる。また鬼が鋭い爪を研いだと言われる傷あとの
残った「鬼かき岩」(学者の説では玉を研いだ石であると言う)
が境内に安置されている。

 その後鬼岩寺は有名になり、建久3年(1192)には、
鳥羽天皇が先帝後白河法皇の追善供養のため、
法皇所持の仏舎利二粒を宝塔に入れて鬼岩寺に奉納したという。


------------(佐野石材『藤枝宿』のページより)

このお話に出てくる『鬼かき岩』はこちらにあります。

ちなみに写真向かって右側は『行基菩薩腰掛岩』。
写真向かって左側が『鬼かき岩』です。

20150714_kiganji_006.jpg

行基菩薩腰掛岩
腰掛けるにはお尻の部分がかなり狭いような気がしますな。
座って考え事をするにはお尻が痛くなりそうな椅子かとw

20150714_kiganji_007.jpg

-----------------------------
史跡 行基菩薩腰掛岩
 神亀三年正月(726年)開山の日、この岩に腰を下し親しく
七堂伽藍の建立の考想を練りし霊石なり。この岩に腰を掛け
静かに考想する人は良い知識を授かり発明を起こすと。技術者、
学術者、各種職人さん等、不可思議の霊力を与うと!


-----------------(鬼岩寺 境内案内板より)

鬼かき岩
鬼の爪で引っ掻いたような跡が一目見てすぐにわかります。
えー、鬼なんているわけ無いでしょというツッコミは野暮ですぜ。

20150714_kiganji_008.jpg

-----------------------------
史跡 鬼かき岩
 むかしこの里に魔魅(悪鬼)出現、この岩にて爪を研ぎ、
里人を悩ます。弘法大師はこれを聞き、真言秘密の法をもって
巨石に鬼を封じ込め、諸人を救う。よってこの名あり。
(石の爪あと見るべし)以来寺名、町名共に「鬼岩寺」と
称せり。(巨石は西の山に現存す)

この爪あとを三回なで、心よりお祈りする人は願い叶う。
特に各種手芸事上達は必勝なり。


-----------------(鬼岩寺 境内案内板より)

さて!
続いて、私がお話ししたかった、この寺に残される黒犬伝説を、
次の記事より写真付きで紹介したいと思います。


★その2に続く。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-838.html


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2015年07月15日 (水) | 編集 |
今日のつぶやき。

「9条がー」「安保がー」って騒いでいるのって、
サヨクさんばかりのイメージ…っていうか実際そうなんだけど。
メディアも「9条守れー」のスタンスで、スゲぇ気持ち悪い。
で、次に出てくるのは「自衛隊がー」「戦争がー」って言葉。
変なプラカード持って大騒ぎしたりバカじゃないの?
いったい何がしたいのコイツら。

テレビやサヨクの議員に踊らされるバカもいないと思うけど
何でもかんでも「はんたーい」って言ってるヤツは何だろな。
中核派だか革マル派だか知らんけど、頭にお花畑咲かせて国会前で
ゲバ棒持って運動する時代はもうとっくに終わりましたよ。

日本は正しい位置に戻ってるんです。

「何が起こっているの?あの人たち何なの?」
「太鼓叩いて国会前で騒いでいた変な人たちも何なの?」
と思った人は「プロ市民 デモ 正体」でググってみれば
なんとなーくわかるかもよ。


★7.16記事追加

テレビで報道される運動員の数が水増しなのはいつも通り。
写真が出ているけれど、ほらやっぱりねという面々の人々。
これが幟担いであそこで大騒ぎしている人ら。

↓少なくとも単なる一般人ではないね。
http://exawarosu.net/archives/8895663.html
http://hosyusokuhou.jp/archives/44776613.html
※リンク先:2chエクサワロス、保守速報

それと国会で大騒ぎしていた議員さんへ。
ウチの母が「国会議員があんなに大騒ぎしていていいの?
大人数で何をバカ騒ぎしてるの?」って呆れてましたよ。
「やっていることが、まるで子供みたい」ってね。
国民の意見がーって言っているけど、あなたたちは、
こういう意見は見ないことにしているんですね。


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