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2015年09月10日 (木) | 編集 |
いきなり検索でこのページにたどり着いた人は、
その1から読んでくださいね♪
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20150526_ise_naikuu_017.jpg

風日祈宮
http://www.isejingu.or.jp/naiku_6.html
御祭神:級長津彦命、級長戸辺命
-----------------------------
 ご祭神は、伊弉諾尊の御子神で、特に風雨を掌られる神、
級長津彦命、級長戸辺命をおまつり申し上げています。
雨風は農作物に大きな影響を与えますので、神宮では古より正宮
に準じて丁重にお祭りしています。

 この宮の名にちなむお祭りがあります。毎年5月14日と8月4日
の2度、風雨の災害が無いよう、また五穀が豊かに実ることを
祈願する風日祈祭です。そのご由緒を遠く尋ねますと、
延暦23年(804)の『皇太神宮儀式帳』四月例十四日の条に
「以御笠縫内人 造奉御蓑廿二領、御笠廿二蓋、即散奉、
太神宮三具(中略)風神社一具」とあり、古くは「風神社」
とも称されていたことがわかります。

「御笠縫内人」とは、延長5年(927)の『延喜太神宮式』には、
「是日(旧暦4月10日をさす)笠縫内人等供進蓑笠」とあって、
4月10日に風雨の平らかなることを祈願して、蓑や笠を奉るため
に設けられた特別な職掌でありました。後世、鎌倉時代頃には、
このお祭りを「御笠(みかさ)の神事」とも称しました。

 さらに、『延暦儀式帳』には御笠縫内人の4月のお祭りの他に
旧暦の7月・8月の2箇月の間、風雨の平安と五穀の豊穣を朝夕日
毎に祈願する「日祈内人」と呼ばれる特別な職掌による神事が
行われていたことが記されています。この2箇月間の神事は、
『太神宮式』に「凡毎年七月、日祈内人為祈平風雨、所須絹四丈」
とあり後に7月の神事となっていたことがわかります。
時代が下るにつれ、一箇月の長きに亘って祭祀を執り行うこと
が困難となり、いつしか7月4日(今の8月4日)の1日のみに限定
され、4月14日(今の5月14日)の神事と合わせて年2度の
「風日祈祭」と称されるようになりました。

 このように、時代に応じて変遷がありましたが、
お祭りの本義はいささかも変わることなく現在に受け継がれ、
古式床しく執り行われています。

もともと「風神社」と呼ばれていました。「社」が宮号をもつ
「風日祈宮」となったのは、鎌倉時代の『通海参詣記』によると、
蒙古襲来の文永・弘安の役の際、ご神威によって猛風が起り、
襲来した敵軍10万の兵を全滅させ、未曽有の国難をお救いに
なったご霊験に応えるべく正應6年(1293)3月20日、
太政官符を以て宮号宣下を発せられたことよります。


----------------(伊勢神宮 公式サイトより)

『蒙古襲来』というのは、恐らく誰しも歴史の授業で習って、
「ああ、何となく覚えてるわ」って人も多いかと。

YouTubeより拝借。元寇二隻目。
共同通信の映像しかないのがアレですが、去年のニュース。


ご由緒に書かれておりますが、この蒙古襲来のときに、
朝廷より『二条為氏大納言』が勅使として神宮に派遣され、
祈願をしたところ、社殿が鳴動し赤い雲が立ちのぼり、西の方に
駆け抜け、西の海に神風を起こして元兵を全滅させた(元寇の船
を沈めた)というお話があるそうです。

「神風?そんな非現実的な事があるハズが無い」
「当時の武士が強かったから」というご意見もあるでしょう。
しかし神道・神社好きとしては「神風が起こって沈めた説」も
否定はしたくはないのです(と言っても神風=台風なんですが)。

(゚Д゚)ゞ「武士も強かったが、神風も吹いたという事で…」
SERUNA:「海外からの襲撃に立ち向かった日本。昔に倣って、
    現代でももっと強くあるべきだと思うんだがな」


★ざっくりと内宮の説明はここまで。続いてはおまけ的な、
おはらい横丁、おかげ横丁の記事に続きます。ネコ写真あり!

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