fc2ブログ
定食屋さんに訪れるような感覚で見て戴けたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選び下さい。
2016年09月09日 (金) | 編集 |
『秋のトビラ・三太郎の出会い』篇 


やべぇ、コレ今までの中で一番好きすぎるかも。
ちっこくて可愛い桃ちゃん・浦ちゃん・金ちゃんにも激萌えた。
いいなぁー、やっぱこの三人最強だわ。(´∀ ` *)

このシリーズ、もっとずっと続けて欲しい。
つーかDVDか何かに今までの全部纏めて販売しちゃいません?
どうっスかauさん。


「ついでに気になる後ろの神社は?」と思って調べてみたら、
静岡県の『二岡神社』でロケが行われたようですね。
神社の名前を検索すると、やれ心霊スポットだの何だのと出て
きますけれど、神社で肝試しする不敬な輩は私が許さん。
何度も言うが神社は神聖な場所。神霊はいるが心霊はいない。

おまけ】CMで使われた二岡神社について:
日本武尊東征の時、この地に於いて二岡に木花之開耶姫、
四岡に天津彦火瓊々杵尊の社を建立したのがはじまり。
その後一岡から七岡に分散していた神々を、
平将門がこの二岡の地に合祀したものと言われる。
古くは、二岡七所大権現、二岡七社大権現と称したが、
明治になって二岡七社神社を経て今日の二岡神社となった。

★参拝してきました♪
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1433.html


いつも応援ありがとう♪
拍手やランキングをポチッとよろしく。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事
テーマ:伝えたい事
ジャンル:ブログ
2016年09月09日 (金) | 編集 |
2015.10.5探訪
射水神社を参拝した帰りにぶらっとしていたら、
高岡城跡の石垣にこんなものを発見。
大変興味深いものだったので、写真を撮ってみた。

20151005_takaoka_j_001.jpg

-----------------------------
 高岡城は元和元年(1615年)廃城となったが、当時の城壁の
名残として、二の丸と本丸を結ぶこの地に土橋の石垣が見られる。
 この石垣にはいろいろな文字や文様が刻印されており、
キリシタンに関係があるという説もあるが、石工が石を切り出し
た時につけた目印だと考えられる。
 石の積み方は乱積みという素朴ながら堅固な方法を用いている。

------------------(高岡城跡 案内板より)

20151005_takaoka_j_002.jpg

20151005_takaoka_j_003.jpg

20151005_takaoka_j_004.jpg

20151005_takaoka_j_005.jpg

20151005_takaoka_j_006.jpg

…ま、普通に考えれば石工が付けた目印なんですけどねー。
私もキリシタンはあまり関係ないと思う。

http://www.kojyo.sakura.ne.jp/guidemap/ninomaru/index3.html
積まれた石の数は池の端側に920個、内濠側に850個だそうな。
これらの刻印は確認できるだけで60個以上あるらしい。
『上』『十』『卍』などなど……昔の人がこれを掘ったんだなぁ
と思うと何だか不思議な感じ。時を越えて私たちがこれを見て
いるんですからね。


いつも応援ありがとう!
拍手やランキングボタンをポチッとよろしくね♪
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事
2016年09月09日 (金) | 編集 |
2015.10.5 参拝 
石川県から富山県へ一気に移動。
続いて参拝した神社は越中総鎮守一宮『射水神社』♪
1300年以上もの歴史がある神社です。

20151005_imizujinjya_001.jpg

20151005_imizujinjya_002.jpg

下の写真の鳥居は、射水神社式年大祭にあたり、
豊受大神宮板垣北御門(鳥居)を特別に譲与されたものだとか。
(神宮式年遷宮の御用材です)

これまた、めちゃめちゃ凄い物をいただいたものですな。
この鳥居がどのくらい凄いかって?えぇ、そりゃもう……
(長くなるので省略。各自ググって下さい)

20151005_imizujinjya_003.jpg

さてお参りしましょう。立派な社殿ですね。

20151005_imizujinjya_004.jpg

射水神社
http://www.imizujinjya.or.jp/
御祭神:瓊瓊杵尊(二上神)
-----------------------------
《御由緒》
 創始は太古のことで年代は不祥ですが、「延喜式」神名帳では
越中国唯一の「名神大社」に選ばれる由緒正しい神社です。
また日本書紀に、天武天皇三年に奉幣を預かったと記されている
ことから、創建は千三百年余り前の奈良時代以前とされています。

《鎮座》
 社伝によれば、養老年間(714~723)、
僧行基が二上山麓に建てた養老寺に、二上権現と称して祀った
のが二上神の鎮座といわれ、当時の領域は二上全山の二十二万坪
余りにも達しました。その後、承平(931~938)、
天正(1573~1592)の二度にわたる兵火で焼失しますが、
慶長十五年(1610)、加賀藩主・前田利家公により復興。
明治四年(1871)には、越中国で最も格式高い「国幣中社」に
列せられます。同八年、高岡城本丸跡の現在地に遷座され、
同三十三年六月、高岡大火の折に類焼しましたが、同三十五年
復興しました。遷座よりすでに百三十年以上がたち、
名神大社の格式を今も守り続けています。

---------------(射水神社 公式サイトより)

20151005_imizujinjya_005.jpg

御由緒にある通り、現在神社は高岡城本丸跡(高岡古城公園内)
にありますが、元々は二上山の麓に鎮座しておりました。
『二上山』は射水神社より北に位置する標高274mの山で、
古来よりご神体として祭られ、高岡の人々から「ふたがみさん」
と呼ばれ、神の山として崇められてきました。
http://www.takaoka.or.jp/viewpoint/archives/823

二上山からは、高岡市街・小矢部川の他、晴れた日には富山湾、
立山連峰、能登半島などの絶景を眺望できます。月・桜・紅葉の
名所でもあるこの山は、万葉集の歌人『大伴家持』による
二上山に纏わる数多くの歌が残されているそうです。

最後にYouTubeから公式CMを。



いつも応援ありがとう!
拍手やランキングボタンをポチッとよろしくね♪
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
関連記事