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2016年11月18日 (金) | 編集 |
いきなり検索でこの記事に辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1450.html

胎内神社をお参りしたら、社殿の側にある胎内めぐりでも…
御胎内の上には『一心講』と刻まれた石碑があります。

20161006_fujisanotainai_010.jpg

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 江戸時代には「江戸八百八講、講中八万人」と呼ばれるほど
富士登山を目指す富士信仰が熱を帯びました。富士山詣での帰りに
胎内洞窟に訪れる信者もおり、その一派による石碑が胎内洞窟近くに
現存しています。

-----------(富士山御胎内清宏園 案内板より一部抜粋)

近くにこんな溶岩石も置いてありました。ドロドロした溶岩が、
冷えて固まってこんな形になったのでしょうね。

20161006_fujisanotainai_011.jpg

さて、御胎内の説明です。

20161006_fujisanotainai_012.jpg

印野の溶岩隧道『御胎内』
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 この印野の溶岩隧道は全長約68mの洞窟で、
人体の内部に似ていることから「御胎内」と称されるようになり、
昭和二年(1927)に国の天然記念物に指定されました。
 溶岩隧道の誕生は390〜550年頃(古墳時代中期)です。
富士山の赤塚噴火によって流れ出た印野丸尾溶岩流によってつくられ
ました。内部の構造は溶岩流により倒された樹木によってできた
横臥樹型が複数重なる複合溶岩樹型と、空洞のまま冷えて固まった
溶岩トンネルが絡み合わさってできたものと考えられています。
 江戸時代には、富士山を霊場とする修験者や富士講の信徒が立ち寄
ったと伝えられ、信仰の対象とされていたようです。

------------------(胎内神社 境内案内板より)

20161006_fujisanotainai_013.jpg

胎内めぐりをする気満々で来たはいいが、入り口から中を伺うと、
想像以上に狭くて、天井部分から水が滴り地面がびしゃびしゃ。
こいつぁー、探検スタイルで来ないと服が汚れるな…

旦那:「別に今日くぐらなくてもいいよね」
SERUNA:「……うーん、そうだね」

入り口から内部の写真を撮ってみた。
写真編集で少し明るくしてみたけれど、実際はもっと暗いです。

20161006_fujisanotainai_014.jpg

胎内洞窟の内部の写真を載せているサイトがありましたので、
参考に貼っておきます(リンク先は『my旅しずおか』)。
http://shizuoka.mytabi.net/fuji/archives/otainaiseikouen.php

【内部の説明図】
とってもエロチックに感じるのはナゼだろう?w

20161006_fujisanotainai_015.jpg

御胎内の外側に置いてあったロウソク。
これを持って入るんでしょうね。

20161006_fujisanotainai_016.jpg

先程と同じ『一心講』と刻まれたもの。

20161006_fujisanotainai_017.jpg

胎内めぐりをあきらめて戻ると、こんな場所が。
お地蔵さんが立っています。

20161006_fujisanotainai_018.jpg

『不動穴』と書かれていますね。

20161006_fujisanotainai_019.jpg

奥を覗いたけど真っ暗でなんだかわからない。
不動尊でも祀られているのでしょう。

画像編集で明度をあげてみたが、よくわからんスね。(;´Д`A

20161006_fujisanotainai_020.jpg

私たちの他にも、園内をお散歩をする若いお姉ちゃんやカップルも。
近くに温泉施設もありますので、皆さんもいかがでしょう。
自然いっぱいの素敵な公園でした。

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富士山御胎内清宏園
http://www.otainai-onsen.gr.jp/seikouen.htm
住所/静岡県御殿場市印野1382-1
電話番号/0550-89-4398
営業時間/8:30〜17:00(11月〜1月の間は8:30〜16:30)
定休日/年中無休

2016.11現在の情報です。
最新の情報に関しては、直接施設にお問い合わせを。

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テーマ:静岡県
ジャンル:地域情報
2016年11月18日 (金) | 編集 |
2016.10.6 探訪 
神社をめぐった帰りに気になった場所『富士山御胎内清宏園』。
というか『胎内めぐり』が出来て、施設内に神社まであるとなると、
夫婦揃って行っておかねばなるまいという衝動に駆られてしまうw

20161006_fujisanotainai_001.jpg

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 富士山噴火(1707年)で埋まった溶岩地帯。
その跡に永い年月の間に樹木が茂り、変化に富んだ森が生まれたのが
ここ富士山御胎内清宏園です。園内には、桜やツツジをはじめ、
年間を通じて季節の花が咲き乱れています。樹齢百年余といわれる
「なら」の喬林は、春夏秋冬の美しさを我々に見せてくれます。
 野鳥の森ではたくさんの鳥たちの姿を見ることができます。
富士、愛鷹、箱根山系に特有の高山植物も多く、絶好の学びの場にも
なっております。

-------------(富士山御胎内清宏園 公式サイトより)

入場料を払って神社に向かって歩いて行くと『安産夫婦岩』が。
向かって左が父の岩、右手側に母の岩と、その側に恵岩。

20161006_fujisanotainai_002.jpg

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 ここにある夫婦岩は、左右にある「父の岩」「母の岩」と、
真ん中の小さな子供の「恵岩」の組み合わせで、安産夫婦岩と言われ
ておる。安産祈願のために多くの人が胎内神社を訪れるのにちなんで、
この園を通るときに掘り出した溶岩(丸尾石)で組んだそうだ。

【丸尾石ってなんだろう】
 平安〜江戸次代に富士山が噴火したとき、
山の中腹から流れた溶岩流のことです。それをもとに「剣丸尾」
「檜丸尾」「土丸尾」「鷹丸尾」などの地名が生まれました。
丸尾の由来は「転ぶ」で、溶岩流の上を火山岩が転がっているようす
をあらわしたという説があります。

---------------(富士山御胎内清宏園 案内板より)

溶岩が展示されていました。

20161006_fujisanotainai_003.jpg

『管状溶岩樹型』と呼ばれるものも。

20161006_fujisanotainai_004.jpg

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 この3つの石は、管状型(かんじょうがた)という珍しいタイプの
溶岩樹型だ。昭和33年、清宏園をつくっている時に、御胎内会館前
の地中から見つかったんだ。
 この溶岩樹型は、西暦390〜550年頃(古墳時代中期)の赤塚噴火
の時にできたものと考えられている。
 まず、樹木が溶岩流で流され、巻き込まれながら流れ、
溶岩流が止まる。そのあと、巻き込まれた樹木が焼けてしまうわけだ。
 発見されたときは、ぜんぶ横倒しになっていて、その空洞の中には
木炭が入っていたらしいぞ。ほかの溶岩樹型も、木のあった部分が
空洞になるという仕組みは一緒だぞ。

---------------(富士山御胎内清宏園 案内板より)
※案内板が変な口調になっているのは気にしないようにw
案内板がお子様向けに作られているような感じでしたので…


【管状溶岩樹型のできかた】

20161006_fujisanotainai_005.jpg

そこから更に歩いていくと鳥居が見えてきます。
いよいよ胎内神社ですよー♪

20161006_fujisanotainai_006.jpg

ん?!

………あれっ?あれあれっ?

20161006_fujisanotainai_007.jpg

足場が組まれ、ブルーシートで覆われている社殿。
改築中のようでした。ちょっと残念。

20161006_fujisanotainai_008.jpg

胎内神社 
http://www.otainai-onsen.gr.jp/seikouen.htm
御祭神:木花開耶姫命、猿田彦命 
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溶岩隧道御胎内の傍に祀る胎内神社は、空海が弘仁年中に開いた
神仏並祀の社といわれ、江戸時代には天下の祈願所として
富士山大別当や大修行の霊場だったが、明治時代の廃仏毀釈により、
木花開耶姫命・猿田彦命を祀るようになり、安産守護神として
年中崇拝者が数多い。

-------------(富士山御胎内清宏園 公式サイトより)

お参りは出来るようなので、近付いて一枚撮影。

20161006_fujisanotainai_009.jpg

http://shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4403030
公式の由緒は先ほど掲載した通りだが、静岡県神社庁の説明によれば
元は猿田彦を祭神としてお祭りした池田家の個人神であったそうだ。
のちに胎内洞窟内に勝間田一族が『子育不動尊』を安置し、
「穴不動」「子安さん」と呼ばれ崇敬されたため、木花開耶姫命が
合祀されたと書かれています。『胎内神社』と名付けられたのは、
大正八年とのことです。


★その2に続く!
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