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2017年12月29日 (金) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1942.html

鶴岡八幡宮には樹齢千年の大きな銀杏の木が生えていました。
随分前に私たちがココに初めて訪れた時は、まだ大銀杏があって、
その大層立派な姿を目で見る事が出来たのですが、残念なことに
平成二十二年に倒れてしまいまして…

20170707_tsurugaoka_014.jpg

…今はその跡に注連縄が張られています。

でも大丈夫!倒伏した大銀杏の跡からは若芽が芽吹き、
枝葉をのばしながら成長。現在は2m程まで成長している模様。
この蘖(ヒコバエ)は「子イチョウ」と呼ばれています。
https://www.hachimangu.or.jp/about/guidance/ooicho.html
ちなみに隣にあるのは、倒伏した大銀杏の樹幹部分。
倒れた大銀杏を再生が可能な高さ4mに切断し、元の場所の
すぐ脇に据付け根付かせているもの。この根付かせた樹幹は
「親イチョウ」と呼ばれ、現在親子双方共に、鶴岡八幡宮の
御神木としてお祀りされています。

20170707_tsurugaoka_015.jpg

鶴岡八幡宮の大石段。
ここをのぼると本宮(上宮)はすぐそこです。

20170707_tsurugaoka_016.jpg

鶴岡八幡宮
https://www.hachimangu.or.jp/
御祭神:応神天皇、比売神、神功皇后
-----------------------------
 当宮は源頼義公が前九年の役平定後、康平六年(1063)
報賽のため由比郷鶴岡の地に八幡大神を勧請したのに始まる。
 治承四年(1180)源頼朝公は源氏再興の旗を挙げ、
父祖由縁の地鎌倉に入ると、まず由比郷の八幡宮を遥拝し
「祖宗を祟めんが為」小林郷北山(現在地)に奉遷し、
京に於ける内裏に相当する位置に据えて諸整備に努めた。
建久二年(1191)大火により諸堂舎の多くが失われたが、
源頼朝公は直ちに再建に着手し大臣山の中腹に社殿を造営して
上下両宮の現在の結構に整えた。
 以前当宮は武家の守護神として北条・足利・後北条・徳川
各氏も社領等の寄進、社殿の修造を行い、篤く崇敬した。

---------------(鶴岡八幡宮 境内案内板より)

※ここより中は撮影禁止なので撮っていません。
20170707_tsurugaoka_017.jpg

-----------------------------
 現在の御本殿は、文政11年(1828)、
江戸幕府11代将軍徳川家斉の造営による代表的な江戸建築で、
若宮とともに国の重要文化財に指定されています。
深い杜の緑と鮮やかな御社殿の朱色が調和する境内には
源頼朝公、実朝公をお祀りする白旗神社をはじめとする境内社
のほか、 静御前ゆかりの舞殿や段葛が八百年の長い歴史を
伝えています。

-------------(鶴岡八幡宮 公式サイトより抜粋)

…さて、本宮のお参りを済ませました。
もうちょっと神社の境内を散策してみましょう。

鶴岡八幡宮の境内に『明治天皇鎌倉御野立所』と書かれた場所が
あるのですが門扉が閉じられており、立ち入る事が出来ません。
(山上への道が急なため、一般には公開されていないとの事)

20170707_tsurugaoka_018.jpg

明治六年(1873)、鎌倉にて陸軍の野外演習が行われ、4月15日
大雨が降る中の演習を鶴岡八幡宮の裏山『大臣山』にて明治天皇
が初めて御視察をなされた場所だそうで(その後八幡宮廻廊にて
ご装束にお召替えになり、御本宮を御親拝になられたという記録
が残っているようです)山上にはそれを記念した「明治天皇閲兵
の処」と記された石碑があるだけのようです。

※写真は立て看板のもの。
20170707_tsurugaoka_019.jpg

碑にはこのような文章が記されているようです。
ピンぼけて、文字がうまく読めなくてすいません。

20170707_tsurugaoka_020.jpg


★その3に続くよ!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1945.html


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