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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2018年04月30日 (月) | 編集 |
youtubeより動画を拝借。


原作未読ですが旦那が観ていたこのアニメが面白かったので、
原作も読みたくなってきてしまいました。最初は「シリアス系?」
と思ったがギャグパートで見事に心を持っていかれた感じですw

良いですな、ゴールデンカムイ。
アイヌっ娘のアシリパさんが可愛いくて好きだけど、
たまに出てくる変顔の彼女も好き。


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テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック
2018年04月30日 (月) | 編集 |
オススメアプリ!…とまではいかないんですが、
「こんなアプリがあるよ」という事でちょっと紹介。

その名も『こだま探訪記』



いや、ただ単に自分が行ったことのある地域をチェックするだけ
の自己満ツールなんですけどねw

満喫した場所を「通過」「立寄」「ご飯」「宿泊」のいずれかで
設定出来て、自分でチェックしていくシステム。
まだ行った事のない県は「未踏」。
最初に設定したものを基準として「制覇」となります。

20180430073040e6b.jpg

ちなみに私が設定しているのは「宿泊」。
何故かって日帰りも立派な旅ですが、旅で「満喫」ってのは、
時間を気にせず、余裕を持ってたっぷりとあちこち見て食べて
楽しんで、宿泊をしてはじめて満喫と言えるだろってコトで。

…というわけで私の制覇マップがこちら。
2018年4月現在でこんだけ制覇です。

2018043007303993a.jpg

愛知や神奈川ですら宿泊してるのに、山梨県がご飯だけww
だって山梨って近いし、日帰りで十分な所ばかりだし。
行きたいとは思ってるんですけど、岡山と栃木は「通過」だけ。

これ見ると結構まわってるんですね。自動車での移動で、
自分の住んでいる静岡からでは頑張っても(というか運転手の
旦那が一番頑張ってるんですがw)これが限界。
あぁ、でもいつになるかはわかりませんが近い将来、岩手、
岡山、広島あたりを旅して宿泊することになりそうです。

旦那:「岩手のチャグチャグ馬コを見に行きたい (´・ω・`)」
SERUNA:「遠いよっ?!車で行くと死ぬよ?!」
※島根へ旅した時より遠いですw

日本神話の聖地、九州は夢のまた夢。
え?飛行機使わんのかって?だって飛行機怖いんだもん。
あと自分らの車で旅したほうが気楽だし便利でしょ?

最後にこのアプリのおまけも載せておこう。

201804300730414b4.jpg

ルーレットで行くところを決めるってやつですが、
正直言っちゃうけどこのおまけは別に要らないかなって感じで
使うことはありませんね。

アプリ「こだま日和」
公式サイト http://kodamabiyori.com
公式Twitter https://twitter.com/kodamabiyori


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2018年04月29日 (日) | 編集 |
2017.12.24 探訪 
去年訪れた時の記録です。
掛川市にある『掛川城』にやって参りました。
静岡県民なら誰もが一度は足を運ぶであろうお城でございます。
(…って、実は私は何度も行っているのですがw)

以前、掛川のお祭りに行った時の写真などは、城の写真とともに
ブログにアップしていましたけれど、掛川城単体での記録としては
キチンと紹介出来てなかったので、簡単にではありますが今回掲載
していこうかと思います。前に書いた記事が読みたい人は、
ブログ内検索バーより「掛川城」と入力して探して読んで下さいね。

さてまず最初にご案内するのはこちら。
下の写真は大手門です。

20171224_kakegawajyou_001.jpg

向こうにお城が見えますよ。

20171224_kakegawajyou_002.jpg

門をくぐると階段が。※のぼれません。

20171224_kakegawajyou_003.jpg

『掛川城大手門礎石根固め石』

20171224_kakegawajyou_004.jpg

-----------------------------
 掛川城大手門は、二層式の櫓門(楼門)でした。
大きくて重量のある門ですから、傾いたりしないよう基礎工事に
工夫が凝らされていまhした。これが平成五年(1993)の
発掘調査で発見された、門の基礎部分「礎石根固め石」12個の
内の一つです。直径2m深さ1m50cmくらいの大きな穴に、
40cm前後の河原石を円形に4〜5段積み重ね、その上に門柱の
礎石が置かれていました。
 この根固め石は、新しく作られた道路に現地保存できない
ので、そのままの状態で取り上げました。

-------------------(掛川城 案内板より)

続いて『大手門番所』

20171224_kakegawajyou_005.jpg

20171224_kakegawajyou_006.jpg

-----------------------------
 大手門番所は、城の正門である大手門の内側に建てられ、
場内に出入りする者の監視や警備をする役人の詰所です。
嘉永七年(1854)の大地震で倒壊後、安政六年(1859)に再建
されたのが現在の建物です。
 明治初年、掛川藩の廃藩に際し、元静岡藩士谷庄右衛門が
住居用として譲り受け、別の場所に移築しましたが、
昭和五十三年(1978)に谷家より市へ寄贈されました。
大手門に付属した番所が現存するのは全国的にも珍しく、
昭和五十五年(1980)市の文化財に指定されました。
発掘調査により掛川城大手門と番所の位置が正保年間頃(1644
〜1647)に描かれた正保城絵図の通りであることが明らかに
なったので、平成七年(1995)周辺の区画整理により、
本来の位置から約五十メートル北に大手門を復元するに伴い、
それに合わせて番所を配置し、現在地に移築・復元しました。

-------------------(掛川城 案内板より)

番所すぐ側にある『三光稲荷神社』

20171224_kakegawajyou_007.jpg

-----------------------------
 三光稲荷神社は、名馬の誉れの出世で有名な山内一豊公が
掛川城主として文禄年間に城と城下町の大改築を行われたが、
丁度この時期に豊臣秀吉の命で伏見桃山城の築城に加わった御縁
で大手郭と大手厩の鎮守として伏見稲荷を勧請されました。
 三光稲荷神社の由来は南北朝(吉野朝)時代のはじめの延元
元年、後醍醐天皇が京都の花園院から吉野へ御幸をされる十二月
二十一日の深夜暗闇から難渋され途中伏見にさしかかり
稲荷大社の御前で、

ぬばたまの くらき闇路に 迷うなり
     われにかさなん みつのともし火(三の光)


と、御製を詠まれ、道中の安全と神助を祈願すると不思議に
明るい一群の雲が現れ御幸の道を照らして無事に大和へ導かれた
という故事があり伏見大社の本殿の脇には御製の碑が、
吉野山金峯山には「導稲荷」があり東京新宿三光町の花園神社
(三光稲荷)は吉野より勧請されたといわれこうした御利益から
大手厩の構内にお祀りされました。

-------------------(掛川城 案内板より)

さて、どんどん歩いて行きましょう。
お城近づいてきたー♪

20171224_kakegawajyou_008.jpg

★その2へ続く!
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2018年04月29日 (日) | 編集 |
2017.12,24 探訪 
去年訪れた時の記録です。
御前崎市にある『左馬武神社』へやって参りました。

20171224_samatake_001.jpg

ちなみに周りは茶畑です。
静岡らしい良い景色でしょ?

20171224_samatake_002.jpg

左馬武神社に向かい、後ろを振り返ると山があるのですが…

20171224_samatake_003.jpg

『舟ヶ谷の城山』というらしいです。

20171224_samatake_004.jpg

それは置いといて…お参りに行きましょう。

20171224_samatake_005.jpg

ずいずいっと階段を上がっていき…

20171224_samatake_006.jpg

右に曲がり更に少し上へ。

20171224_samatake_007.jpg

登り切ると目の前に小さなお社があります。
これが『左馬武神社』です。左馬助公の墓石(五輪塔)と一緒に
鎮座しております。

20171224_samatake_008.jpg

左馬武神社
https://www.city.omaezaki.shizuoka.jp/soshiki/shokokanko/kankospot/samatakejinjya.html
御祭神:新野左馬助公
-----------------------------
新野左馬助親矩の墓 
 新野親矩は今川氏の一族で、遠江国新野の領主、左馬助と
称した。永禄七年(1564)今川氏真にに背いた引馬城主飯尾
連竜を攻めたとき戦死した。
 親矩の妹は井伊直盛の妻となっている。そのため永禄五年
(1562)井伊直親が氏真に謀反の疑いをかけられ殺されたとき、
親矩とその妻が直親の遺子万千代(後の徳川四天王の一人
井伊直政)をかくまい、養育したことは有名である。
 幕末の大老井伊直弼は、家来に親矩の墓を訪ねさせ、
また自ら弔祭しようとしたが桜田門外の変(1860)に倒れ。
叶えることができなかったという。


---------------(左馬武神社 境内案内板より)

20171224_samatake_009.jpg

20171224_samatake_010.jpg

-----------------------------
五輪塔(新野左馬助公墓)
 新野村の領主であった新野左馬助親矩の墓石と伝わる五輪塔
です。
新野村誌によると、「古来、山の中腹に墳墓の地と称するあり。
人これに触れれば祟ると。人を雇いてあまねくこれを発掘するに
石棺あり。紋所は丸に竪中黒にしてこれぞすなわち新野氏の紋所
なり。石棺内に五輪の塔あり。」と伝えられています。
 この五輪塔の部材は地輪がなく、空風輪が1つ、水輪が2つしか
ありません。しかし、火輪が3つあることから元は3基あったと
考えられます。向かって左側の五輪塔は、火輪と水輪のセットに
別基の空風輪をのせ、地輪を復元してあります。また、石廟の
破片が残されていますが、造立年代については不明です。

---------------(左馬武神社 境内案内板より)

20171224_samatake_011.jpg

20171224_samatake_012.jpg

最後、神社からの景色です。

20171224_samatake_013.jpg

20171224_samatake_014.jpg

県内住みですが、ここの神社は初めて知りました。
静岡県西部には井伊家ゆかりの地が沢山あるんですね。
神社や史跡をまわるのは凄く楽しいです。
皆さんもいかがでしょう♪ ( ^ω^ )


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