定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2018年06月30日 (土) | 編集 |
毎年6月末にやる、焼津神社の夏越大祓式。
今年も参加するつもりでいたのに、夕食の支度をしていたら
ウッカリ忘れてしまった。ションボリ… (´・ω・`)

今日はもう遅いし茅の輪だけでも明日くぐっておこう。
(7月8日15:00まで設置されているそうですよ)

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テーマ:ひとりごと
ジャンル:日記
2018年06月30日 (土) | 編集 |
やれハロウィンだの、クリスマスだのいう時期にも
必ず現れる連中。

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渋谷ではしゃいでたサッカーファン、
財布やスマホをすられ交番に行列を作る。

http://gahalog.2chblog.jp/archives/52442688.html

------------------(リンク先:ガハろぐ)

痴漢に遭い、スリに遭い…
自衛もできないバカなのかな?可哀想なんて思えないや。
可哀想と思っても「頭が可哀想な人たちなんだなぁ」としか。

サッカーの試合を口実に渋谷のスクランブル交差点に集まって
騒ぎたいだけの人らはサッカーファンでもなんでも無いんじゃ
ないのかな。もしかしたらあの人たちは、都会のああいう場所
でしか輝けない「単なる田舎者のおバカさん」なのでは?
あぁ失礼、日本人じゃない人も混じっていましたっけ。
ゴミをポイ捨てして平気な顔する奴もいるしで民度低いよね。
灯りに集まってくる蛾みたいだ。ああいうバカな人たちが
「ファンでござい」「サポーターでござい」な顔して、
本当のサッカーファンがえらく迷惑してるんじゃないの?

バカが馬鹿騒ぎしているのを承知で、あの中に突入するバカも
いらっしゃるようですが、いまにあのスクランブル交差点で
馬鹿騒ぎしている連中に無双するキチガイが現れても
なんら不思議はないかもですね。

警察官の人たち、うぇーい系の底辺を相手に
お仕事本当にお疲れ様です。(´・ω・`)



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テーマ:まぢかよ!?
ジャンル:ニュース
2018年06月30日 (土) | 編集 |
最近のランドセルって随分とお洒落になってるんだなー。
下のメーカーの商品ではロデオランドセルがカッコいいと思う。
色鉛筆、学習机、ペンケース…他の商品もシャレオツですな。

・株式会社ラピス「LIRICO」
公式サイト/https://www.lirico.co.jp
ストア/https://liricostore.com

続いて、竜騎士ランドセルで話題になったセイバンのブランド。
子供の「なりたい」を叶えるランドセルだそうで…

・セイバン「モデルロイヤル」
https://www.seiban.co.jp/royal/

こんなのはどう?デニム調のランドセル。
大人が見てもこれはカッコいいと思う。

・鞄工房山本「アンティークブロンズ・リベルタ」
https://www.kabankobo.com/fs/rando/antiquebronzeliberta

私ら世代が小学生の頃は、ワンポイントも何も入っていない
(違いがあるとするなら光沢があるかないかの違い程度)
本当にシンプルなデザインのもので、女の子は赤いランドセル、
男の子は黒いランドセルと決まりがあったのですよね。
「女の子らしい」と言われるものが嫌いだった私、
いまだに覚えているのが「黒いのが欲しい!」とねだっても、
「黒はダメ。赤いランドセルの中から選びなさい」
と、黒いランドセルの選択肢を一切与えてくれなかったこと。
「他の子と同じ赤は嫌だな…」と文句を言いつつ、でも、
何だかんだで小学校を卒業するまでピカピカに使っていました。
今の子は、ランドセルに色々選択肢があっていいなぁ。
(変な色だな…って物もあるけど、種類が多いのは良いよね)

そういえばこないだショッピングセンターで、
今のランドセルを実際手にとってみたんですが大きくて、
それでいて軽くなっているんですよね。あれって教科書が大きく
なって(ページ数も増えて重くなって)いるからなのだそうです。
ランドセルを軽量化させているから大丈夫とはいえ、
毎日あれだけのものを背負って登下校するのは大変だろうなと。
自分が子供の頃はランドセルが重くて肩が痛くなったりしたもの
ですけれど、今の子たちってその辺どうなんでしょう?
(教科書を持ち帰らないと怒られるのは今も変わらずだろうし)


【40代の思い出話・ランドセルあるある】
・友達同士一緒に帰る時に、ジャンケンをして負けた奴が
 次の電信柱までみんなのランドセルを持って移動する遊び。
 (勝負運の悪い日は、ずっと荷物持ちをするハメに)
・ランドセルを背負ったまま前屈して、中身がバサバサーw
・男の子はランドセルを潰すのが好きだったみたい。
・リコーダーを突っ込んで、給食袋をブラブラー。

【もういっこ思い出話】
「今の小学生って多機能な筆箱なんて持ってないかな?
アレは昭和の産物だから、さすがに今の子は知らないかw」と、
少し気になったので調べてみたら、まだ売られていた事に驚き。
鉛筆削り、小さな引き出し、ボタン一つで立ち上がる鉛筆、
三段重ねの本体、横の部分がパカっと開くやつ……
種類はいっぱいあったけど、子供の頃は多機能であればあるほど
それを持っている子は羨望の眼差しで見られていたんですよね。
今思い起こしてみるとアレ、何の役にも立たないよなぁw
(いや、少ない機能でも持ってたよ。持ってたけどさw)
子供って結構ああいったムダなものが好きだよね。
練り消しとか、香り付きのエンピツとかもw


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2018年06月29日 (金) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2194.html

岡崎城遠景。

20180214_okazakijyou_009.jpg

「徳川家康公銅像」
https://okazaki-kanko.jp/okazaki-park/guide/16

20180214_okazakijyou_010.jpg

-----------------------------
 天文11年12月26日(西暦1542年)岡崎城公園内二の丸
(現在の能楽堂)で生まれた。幼少の頃人質として苦難の道を
歩き、自立した後は天下統一をめざし、転戦を続け、
慶長5年(1600年)天下分目の関ヶ原の合戦に大勝して、
天下をおさめるにいたった。以後持前の才能を生かし、全国統一
の念願をかなえるとともに、徳川幕府300年の基盤をも作り、
元和2年4月17日(西暦1616年)75才でこの世を去った。
この像は昭和40年家康公350年祭を記念して建てたものである。

------------------(岡崎公園 案内板より)

「松平元康像」
https://okazaki-kanko.jp/okazaki-park/guide/17

20180214_okazakijyou_011.jpg

20180214_okazakijyou_012.jpg

-----------------------------
 この元康像は1992年に開催された、「家康公生誕450年祭」
の一環として、450年祭実行委員会が市内外から寄付を募って
設置し、岡崎市へ寄贈したものです。若き元康(徳川家康)の
騎馬像は城を背にし、大権現として再生する日光東照宮の方角
を向いています。
背景の石垣と滝は治世を象徴し、元康が胸に秘めた国盗りの夢
が、生誕の地、岡崎の土中から盛り上がる様を表しています。

------------------(岡崎公園 案内板より)

訪れたこの時期は、梅が綺麗に咲いていました。

20180214_okazakijyou_013.jpg

20180214_okazakijyou_014.jpg

再び、岡崎城を遠くから撮影してみる。

20180214_okazakijyou_015.jpg

小さくてわからないと思いますが、石垣の下に鴨が整列。

20180214_okazakijyou_016.jpg

お城に到着ー。
https://okazaki-kanko.jp/okazaki-park/guide/2
中は資料館的な感じになっていて、城という城ではなく、
特に惹かれるものも無さそうなので見学していません。

20180214_okazakijyou_017.jpg

20180214_okazakijyou_018.jpg

20180214_okazakijyou_019.jpg

-----------------------------
 15世紀中頃(室町時代)、西郷弾正左衛門頼嗣(稠頼)が
現在の岡崎城の位置にはじめて城を築き、のちに家康の祖父で
ある松平清康が入城し本格的な岡崎城を構えた。
1542年(天文11年)12月26日、徳川家康はここ岡崎城内で誕生
した。江戸時代、岡崎城は「神君出生の城」として神聖視され、
本多氏(康重系統/前本多)、水野氏、松平氏(松井)、
本多氏(忠勝系統/後本多)と、歴代譜代大名が城主となった。
石高は5万石と少なかったが、大名は岡崎城主になることを誇り
としたと伝えられる。
 現在の天守閣は1959年(昭和34年)に復興され、3層5階の
鉄筋コンクリート構造となっている。2階から4階は江戸時代の
岡崎を紹介する展示室で、5階は展望室となっており三河平野
を一望することができる。

------------------(岡崎公園 案内板より)

「東照公遺訓碑」

20180214_okazakijyou_020.jpg

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-----------------------------
 この東照公遺訓碑は、額田郡岩津町奥殿(岡崎市奥殿町)
出身の加藤賢治郎翁が岡崎市へ寄贈されたものである。
 翁は、岡崎銀行(東海銀行の前身)を創立し、長く同行頭取、
相談役として金融界に尽力されたのをはじめ、岡崎商工会議所
会頭として、本市の経済界の発展に寄与され、昭和十八年三月
九十八歳の天寿を全うされた。
 翁は、終生、徳川家康公の遺訓を座右の銘とされ、
これを後世の市民の教化育成に資するため、家康公研究者柴田
顕正氏の相図り、この実現の為に時の小瀧市長の賛意を得て
建立に到った。
 碑文の文字は田安家徳川達孝氏に、礎石は万年の亀を据え、
碑頭には竜城を象徴する竜を配し、制作施工は岡崎石工研究所
長池上年氏に委ねられた。
 碑裏面には、昭和十一年四月十六日建立とのみ刻み、
寄贈者名は翁の意志により省略されたままであるが、本年は、
遺訓碑が建立されて五十年、また、岡崎市制七十周年の記念
すべき年にあたり、記念事業の一環として、この遺訓碑建立の
由来を記し、あわせて加藤九十八翁を顕彰する次第である。

------------------(岡崎公園 案内板より)

★岡崎城横、龍城神社の記事に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2203.html
★公園内にいた猫さんの記事はこちら。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2204.html


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