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2019年09月11日 (水) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人はその1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2859.html

石段をのぼってお参りしましょう。

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前玉神社
https://sakitama-jinja.com/
御祭神/前玉比売神、前玉彦命
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【前玉神社 御由緒】
 前玉神社は「延喜式」(927年)に載る古社で、
幸魂(さいわいのみたま)神社ともいいます。700年代の古代
において当神社よりつけられた【前玉郡】は後に【埼玉郡】
へと漢字が変化し、現在の埼玉県へとつながります。

前玉神社は、埼玉県名の発祥となった神社であると言われて
います。

 武蔵国前玉郡は、726年(神亀3年)正倉院文書戸籍帳に
見える地名だと言われており、1978(昭和53)年に解読
された稲荷山古墳出土の鉄剣の銘文から、471年には大和朝廷
の支配する東国領域が、北武蔵国に及んでいたのは確実である
と言われています。

北武蔵国の地元豪族が眠ると思われるさきたま古墳群の真上に
建てられています。

--------------(前玉神社 公式サイトより)

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【前玉神社の歴史】
 前玉神社が最初に祀られた時代については、一説には
大化の改新(645年)より一世紀以上さかのぼる安閑天皇、
宣化天皇あるいは雄略天皇の頃の古墳時代(400年代後半~
500年代前半)ではないかと考えられています。
その名残として社は古墳群に向かって祈願するように建立
されています。

前玉神社は千数百年の歴史を持つ荘厳で由緒ある古社です。

--------------(前玉神社 公式サイトより)

御神木。

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前玉神社の境内にあった「龍泉池」
池に向かって右手側が前玉神社の古墳です。

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門の横の幟、奉納者の名前に宮司さんのお名前が。
幟なだけにこれまた縁起の良い昇り竜ッスな。

(=゚ω゚)「オヤジギャグが寒すぎます」

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★前玉神社の猫さんたちの記事に続く!
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テーマ:神社仏閣
ジャンル:学問・文化・芸術
2019年09月11日 (水) | 編集 |
2019.3.22 探訪 
埼玉県行田市にある『前玉神社』にやって参りました。
前玉と書いて「さきたま」と読みます。

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市指定文化財 建造物 前玉神社の大鳥居
             平成十一年三月二十五日 指定
 この鳥居は、延宝四年(1676)十一月に忍城主阿倍正能
家臣と忍領氏子達によって建立されたものである。
 鳥居は明神系の形式で、正面左側の柱に由来を示す銘文が
刻まれており、江戸時代における浅間神社の隆盛を伝える
貴重な建造物である。

---------------(前玉神社 境内案内板より)

最初の鳥居をくぐって進むと、さらに鳥居が。
ここもくぐって境内にお邪魔しまーす。

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社務所の辺りから撮影。
この神社には猫さんが何匹か飼われているのですが、
その子たちの写真はまた後ほどお見せ致しますね♪ ( ^ω^ )

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参道を進むと鳥居前右手側には「明治神社」

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さて、元の参道に戻りまして…
お参りをする前にまず説明をさせて下さい。
この神社は古墳の上にお社が建てられています。

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浅間塚古墳
 浅間塚古墳は、埼玉古墳群の南東部に位置する墳形約50m、
高さ8.7mの円墳です。古墳の墳頂に前玉神社、中腹に名前の
由来となった浅間神社がまつられています。
前玉神社は平安時代の『延喜式神名帳』にその名が見られ、
古くから埼玉郡の総社として信仰を集めていました。
 浅間塚古墳については、比較的最近まで古墳であるのか、
後世に築かれた塚であるのか、議論が分かれていましたが、
平成9・10年に行われた発掘調査で幅10mに及ぶ周溝が巡る
ことが確認され、古墳であることがほぼ明らかになりました。
埴輪が樹てられていなかった可能性が高いこと、古墳の南西部
の絵馬堂付近に石室の石材と思われる角閃石安山岩が見られる
ことから、埼玉古墳群の築造が終わりを迎える7世紀前半頃に
築かれた古墳と推測されています。埼玉古墳群の終わりを
迎える上で、重要な古墳であると思われます。

---------------(前玉神社 境内案内板より)

古墳の中腹にある「浅間神社」
御祭神は木花開耶媛命。

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浅間神社の側に立つ常燈明。

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「天神社」「恵比寿神社」

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前玉神社の社殿前の石段を登ってお参りをする前に、
石燈籠に注目してみよう。

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 この石段の登り口にある高さ2m、2基一対の石燈籠は、
元禄10年(1697)10月15日に、地元埼玉村(現在の行田市
埼玉地区)の氏子一同が奉納したものです。
 本殿に向かって左側の石灯籠には、「前玉之 小埼乃沼尓
鴨曾翼霧 己尾尓 零置流霜乎 掃等尓有斯(前玉の小埼の沼に
鴨ぞ翼きる 己が尾に降り置ける霜を掃うとにあらし)」と
『万葉集』14巻-3380の「埼玉の津」の歌が、
美しい万葉仮名で竿の部分に刻まれています。この2首の歌は、
地元行田市埼玉地区に関連する歌と考えられています。

-----------------------(↓続く)

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 この石燈籠は、『万葉集』に収められた歌の歌碑としては、
全国的に見て非常に古いものになります。江戸時代には
『万葉集』の研究が盛んになり、関心も高まっていました。
そうした中でいち早くこの歌碑を建立した当時の地域の人々の
文化的水準の高さと、江戸時代の『万葉集』への高まりが
うかがえる、貴重な文化財と言えるでしょう。

---------------(前玉神社 境内案内板より)

絵馬堂の写真を撮り忘れましたが、
石段のすぐ側にあります。


★その2に続く。
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