FC2ブログ
定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
| Login |
2019年12月05日 (木) | 編集 |
吉備津彦命の御陵についての記事はこちら。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3007.html

御陵から近い場所に吉備武彦命鎮座跡地があるそうなので
とりあえず行ってみる。

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_001

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_002

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_003

石段をのぼっていきます。

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_004

『吉備武彦命鎮座跡地』に着きました。

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_005

----------------------------
http://kibinonakayama.com/中山散策/42-新宮社跡/

 平安時代の歌謡集『梁塵秘抄』に出てくる神社。明治末期、
吉備津神社の摂社・本宮に合祀。『一品吉備津宮社記』
によれば祭神は、吉備武彦命。石段を上がったところに
「吉備武彦命鎮座跡」と刻んだ大きな石碑がある。
吉備武彦命は、古事記、日本書紀に出てくる人物で、
日本武尊の副将軍として蝦夷征伐をした古代史で有名な人物。
「大日本国一宮記」「延喜式神名帳頭注」には、吉備津宮の祭神
は吉備津彦命ではなく、吉備武彦命であるとの記述があり、
この新宮跡が古い時代の備中吉備津宮ではないかという研究者
もいる。


------------(リンク先;吉備の中山を守る会)

『吉備武彦大神遥拝所』と刻まれています。

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_006

『吉備武彦命鎮座跡地』と刻まれています。

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_007

恐らく『新宮社』。
すいません、もしも間違っていたら訂正します。

20190528_吉備武彦命鎮座跡地_新宮社_008


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
関連記事
テーマ:岡山県
ジャンル:地域情報
2019年12月05日 (木) | 編集 |
2019.5.28 参拝 
『中山茶臼山古墳』にやって参りました。
ココに来る前に岡山県古代吉備文化財センターに立ち寄り、
古墳の場所を聞いたら案内図をくださいまして…
「駐車場に車を置いて歩いて行かれたほうが良いですよ」
との事でしたので、お言葉に甘えて。

センターからは近い場所にこの古墳はあります。

20190528_中山茶臼山古墳_001

20190528_中山茶臼山古墳_002

道標がありました。
「左 宮内」「右 くあんのん」。

20190528_中山茶臼山古墳_003

「三十三観音像」

20190528_中山茶臼山古墳_004

----------------------------
http://kibinonakayama.com/中山散策/24-三十三観音像/

 御陵道から八徳寺に続く参道の両側にお祀りされている
江戸時代末期に造られた観音石像。
「法華経観世音菩薩普門品」には、観音様が衆生救済のために
三十三の姿に身を変えて現れるという。近畿地方の観世音菩薩
の霊場を巡礼するのにあやかって作られたものである。
石仏が並ぶ入り口付近に「左宮内」「右くあんのん」と刻んだ石碑
がある。吉備の中山を越えて吉備津に至る古い道が
ここにあったことがうかがわれる。


------------(リンク先;吉備の中山を守る会)

道なりに歩いていきます。
お地蔵様に守られているような光景が続くよー♪

20190528_中山茶臼山古墳_005

20190528_中山茶臼山古墳_006

御陵はすぐそこ。

20190528_中山茶臼山古墳_007

20190528_中山茶臼山古墳_008

神々しいッスな。

20190528_中山茶臼山古墳_009

宮内庁が管理しています。
「孝霊天皇皇子 大吉備津彦命墓」と書かれています。

20190528_中山茶臼山古墳_010

御陵。
桃太郎のモデルとなった皇族のお墓です。

20190528_中山茶臼山古墳_011

----------------------------
http://kibinonakayama.com/中山散策/22-中山茶臼山古墳/

 古墳時代前期(4世紀頃)に築かれたと推定される
全長105mの大型前方後円墳。四道将軍として大和から派遣
された「吉備津彦命」の墓と伝えられ、宮内庁の管理下にある。
この古墳を地域では「御陵」と呼んでいる。考古学的調査は
行われていないが、墓域からは特殊器台形埴輪が採取されて
おり古い時代の古墳である。吉備津彦命が実在したかは不明
だが、南に吉備の穴海が広がり海運の要所であることから、
大きな勢力を持った大首長の墓であることは間違いない。

------------(リンク先;吉備の中山を守る会)

実在したかは不明だと?…いやいや、ちょっと待て。
存在するに決まってるじゃないですか。

20190528_中山茶臼山古墳_012

御陵の隅(向かって右側)から撮影。
カメラを右から左へ向けてみる。

20190528_中山茶臼山古墳_013

20190528_中山茶臼山古墳_014

20190528_中山茶臼山古墳_015

亀さんのような石が置いてあったけど何だろう?

20190528_中山茶臼山古墳_016

ココから少し行った場所に「吉備武彦命鎮座跡地」がある。
続いての記事はその吉備武彦命鎮座跡地と新宮社について
の記事を書いてみようと思う。

★「吉備武彦命鎮座跡地」の記事に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3008.html


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
関連記事
テーマ:岡山県
ジャンル:地域情報