FC2ブログ
定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選びください。
2021年01月25日 (月) | 編集 |
地方民あるある。

「ゆるキャン△season2」の二話、お茶屋のお姉さんの「掛川」
イントネーションがメチャクチャ気になったのは自分だけ?
…と思ったら、他の人も気になっているみたいで安心したw
(※一期の時に言っていた「磐田」の変な発音は直っていた)
「掛川」で「か→け↑がわ↑」と語尾が上がっていたけれど、
静岡では、掛川の川の部分が下がる「か→け↑がわ↓」。
もっと言ってしまえば「川」は「がわ」と言うより「がー」
と語尾を伸ばす人が多いかと思われる。悪くは無いんだけど、
私、静岡県民なのでイントネーション違うとすげーモヤモヤ。
方言使わなくてもいいからせめて地名の発音をだな… (´・ω・`)

「掛川城」「掛川花鳥園」など場合によっては「川」の発音は
上がるが(「掛川市」など地名に市をつけた場合も川が上がる)、
「掛川」…と地名単体の読み方では「川」の発音が下がる。

言葉って複雑だよねー。でも、おねえさんが可愛いから許すw

(=゚ω゚)「たかだかアニメに、いちいちウルサイぞぉー」
SERUNA:「その土地の人の設定なのに違うと気になるもん」

ほら、あれだ。言い換えるなら関西人が、
エセ関西弁にツッコミ入れるような感じだと思って欲しい。

あと、気になりすぎる部分がもう一つ…
これは県民としてではなく神社好きとしてモヤモヤした点。
見付天神の巫女さんが授与所で「ありがとうございましたー」
って言ってる場面あったけど、神社は商売じゃないんだから、
ありがとうございましたは絶対無いわーと思ってしまった私。
「ようこそお参り下さいました」みたいな感じでは言うけど、
全国各地どの神社も「ありがとうございました」は絶対に
言わないはず(見付天神の巫女さんも言わなかったよ)。

(=゚ω゚)「たかがアニメに、細かすぎてウルサイぞぉー」
SERUNA:「神社大好きだから気になるんだもん」

関連過去ログ
今更だけど「ゆるキャン」。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3253.html
「お国言葉(方言)」使ってますか?
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-300.html
見付天神(その1〜)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2637.html


ブログに訪問ありがとう。
「アニメでなくてもあるよね」と思った人は拍手をポチッと。
関連記事
2021年01月25日 (月) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人はその1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3545.html

下の写真は「拝殿」、その背後に「御本殿」と「夫婦杉」。
公式サイトの境内図のページをリンクさせておきます。
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/keidai.html

20201109_udanomikumari_012.jpg

宇太水分神社
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/
本社御祭神/
第一殿:天水分神、第二殿:速秋津彦命、第三殿:国水分神
摂社御祭神/
春日神社:天児屋根命、宗像神社:市杵島比売命
末社御祭神/恵比須神社:蛭子之大神、金刀比羅神社:大物主命
----------------------------
 宇太水分神社は、第十代崇神天皇の七年に勅命により
祀られたと伝えられており、大和朝廷が飛鳥に置かれたころ、
東西南北(それぞれ宇太、葛城、都祁、吉野)に祀られた
大和四水分けのうち東にあたります。芳野川が四郷川と合流
する付近に鎮座する当社は、古から水の守り神として信仰を
集め、近隣の人々から「氷分さん」と親しみをこめて呼ばれて
まいりました。
 平安時代前期の第六十代醍醐天皇の御代には、
大和四水分は大社に列せられ、祈年祭、新嘗祭、月次祭の案上
の官幣に預かり、『延喜式』において折雨神祭の八十五座の
一座に列せられております。またその後、幼少期の源頼朝公が
当牡に詣で、大将軍になれるかを占うために杉を植えさせ
「水分の神の誓いをうえおきつ後に栄えの老杉を見む」と
詠じたことが伝えられており、今もその杉の二代目が植えられ
ております。当地はかつて「宇陀の西殿の荘」と呼ばれ、
春日社と興福寺の荘園であった縁で摂仕春日神社が春日社より
勧請されて祀られました。市が立って栄えた場所でもありまし
たが、市が移ったのちは現在の地名てある「古市場」と
呼ばれるようになっております。

-----------------------(↓続く)

20201109_udanomikumari_013.jpg

----------------------------
 鎌倉時代に建造された社殿は明治四十四(1911)年に
特別保護建造物の指定を受け、その後改めて昭和二十九年に、
本殿は国宝、摂社の春日神社および宗像神社は重要文化財の
指定を受けております。このたび、平成十六(2004)年の
大造営により、社殿の彩色が美しくよみがえりました。
今も鎮守の杜には古木がうっそうと繁り、
ムササビやフクロウも生息し、木々に囲まれた境内は、
近隣の方々の憩いの場、子どもたちの遊び場として、昔から
変らず親しまれる空間となっております。また水の守り神
として、全国各地の水道事業所を始めとする企業、
団体の方々にもご参拝をいただいております。

--------------(宇太水分神社 参拝の栞より)

【御本殿】
本社(第一殿、第二殿、第三殿)側から見た写真と、
春日神社・宗像神社側から見た写真。

20201109_udanomikumari_014.jpg

20201109_udanomikumari_015.jpg

《本社本殿》
20201109_udanomikumari_019.jpg

----------------------------
 向かって右から第一殿、第二殿、第三殿であり、
それぞれ、天水分神、速秋津彦命、国水分神が祀られています。
三棟はいずれも、一間社隅木入春日造の檜皮葺です。
本殿三棟のうち、第一殿と第三殿は、鎌倉時代の元応二年
(西暦1320年)に建造されたものであることが第一殿の棟木銘
によって明らかであり、第二殿は永禄元年(西暦1558年)に
修理工事が行われたことが棟木銘に記されています。
三棟は等間隔で横一線上に並んでおり、「みくまり造り」と
称され連結社殿の原初形式を示すものであります。建造当時の
部材が良好な状態で残されていること、意匠が独創性に富んだ
ものであること、さらに建造年代の明らかな隅木入春日造
としては最古のものであることが評価され、
昭和29(西暦1954)年に国宝の指定を受けております。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

春日神社の前に立ち、カメラを左から右に。

20201109_udanomikumari_016.jpg

20201109_udanomikumari_017.jpg

20201109_udanomikumari_018.jpg

----------------------------
 春日神社は、この地域がかつて、興福寺と春日大社の荘園
であった関係で、室町時代に、春日社より勘請されて祀られた
ものです。社殿は、本殿と同じく一間社隅木入春日造の檜皮葺
であり、本殿より一回り小さいですが、建築様式は本殿と
非常に似通っています。社殿には、春日大社の御社紋である
藤の美しい彩色が施されています。室町時代中期の建造である
ことが明らかであり、昭和29年(西暦1954)年に重要文化財
の指定を受けました。春日神社の例祭は、7月21日の夕刻に
行われる夏祭りで、この日は、氏子の方々の子どもたちが
書いた絵を、灯篭に飾って奉納します。

 宗像神社の社殿は、室町時代末期の建造であり、一間社流造
の檜皮葺である。規模的には小さいが、意匠を凝らした蟇股の
彫刻は実に見事であり、流造の屋根の曲線は非常に優雅である。
1954(昭和29)年に重要文化財の指定を受けた。宗像神社が
どのような経緯でこの地に祀られたのかは詳らかでない。
宗像神社の例祭は、十一月下旬の亥の日、夜に行われる亥の子
祭りであり、夜間にごくまきが行われる。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

【夫婦杉】
二股に分かれていますが、根元で一つになっています。

20201109_udanomikumari_020.jpg

----------------------------
 この二股に分かれた老杉は、夫婦になぞらえて「夫婦杉」
と呼ばれております。根本は夫婦の和合を表しているようで
大変めでたい木であります。十月第三日曜日の例大祭には、
上芳野・惣社水分神社より女神様である速秋津姫命様の渡御
があり、この根元に鳳連神輿を奉安し、当社の男神様である
速秋津彦命様とお逢いになられます。そのことから、国宝の
本殿に詣でたのち縁結びを願う人、また夫婦円満や家内安全、
子孫繁栄を祈願する方々の姿がございます。

-------------(宇太水分神社 境内案内板より)

金刀比羅神社辺りから撮影した国宝の御本殿。

20201109_udanomikumari_021.jpg

【金刀比羅神社】
樹齢数百年のケヤキの側に鎮座しています。

20201109_udanomikumari_022.jpg

----------------------------
 金刀毘羅神社は、この近隣の古市場地区の氏神様です。
4月10日と9月10日の例祭には近隣の氏子の方々が集まり、
和気藹々とした雰囲気の中で「ごくまき」が行われます。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

【恵比寿神社】
20201109_udanomikumari_023.jpg

20201109_udanomikumari_024.jpg

----------------------------
 商売の神様をお祀りしている恵比寿神社は、地元古市場の
商工会が中心となって維持、管理を行っています。
恵比寿神社の例祭は、2月7日の初えびすであり、この日は、
たくさんの出店などで賑います。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

とても雰囲気の良い神社で御座いました。

宇太水分神社の本社御本殿は、
拝観料を払うと瑞垣内に入って見れるそうです。
興味のあるかたは下記リンクを参照ください。
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/h230715haikan.html


ブログに訪問ありがとう。
記事が面白かったら拍手をポチッとよろしくね♪
関連記事
テーマ:奈良
ジャンル:地域情報
2021年01月25日 (月) | 編集 |
2020.11.9 参拝 
宇陀市にあります「宇太水分神社」にやって参りました。
本当は旅のコースに入れていなかったのですが、
たまたま通りがかりに「国宝」と書いてあった看板を目にして
「折角だからちょっとお参りしていこう」ということに。

今から紹介する写真は、参拝後に撮りました。
少しでも一緒に行ったような感覚で見て頂けたら嬉しいです。

【一の鳥居】
20201109_udanomikumari_001.jpg

----------------------------
一の鳥居 
 古くは、現在の位置より少し南西に一の鳥居がありましたが、
永和15(西暦1517)年の大水で流されました。
この鳥居は、昭和59(西暦1984)年に再建されたものです。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

【二の鳥居】
一の鳥居をくぐり、真っ直ぐ進むとすぐに見えます。

20201109_udanomikumari_002.jpg

20201109_udanomikumari_003.jpg

二の鳥居をくぐると目の前に拝殿。
朝早くに訪れたので、扉がまだ閉じられた状態でした。

20201109_udanomikumari_004.jpg

…と、その前に参道脇の「頼朝杉」を紹介。

20201109_udanomikumari_005.jpg

20201109_udanomikumari_006.jpg

----------------------------
頼朝杉(二代目) 
 源頼朝が幼少時に当社に詣で、この杉苗が大きく育つこと
があれば征夷大将軍になることが叶うであろうと、
占うために植えさせたのが初代のものであると伝えます。
水分の神の誓いを植えおきつ 後に栄の老杉を見む と詠ず

-------------(宇太水分神社 境内案内板より)

頼朝杉が聳えるすぐ側に祓戸の入り口。
その横には「有霊石」

20201109_udanomikumari_007.jpg

20201109_udanomikumari_008.jpg

----------------------------
有霊石(ゆうれいいし) 
 当社の霊峰、高見山が雲がかりして、
頂きより神様が発たれ当地に降臨されたことに由来し、
その峯の方向を指しております。また伊勢の神宮の方にも
向いているとされます。祈雨祈願に霊験が有るとされ、
渇水の折は、石に向かい、水分大神を遥拝することをして
いたと伝えます。

-------------(宇太水分神社 境内案内板より)

「祓戸」がある場所に入りましょう。
まずはこちらから先にお参りをして下さい。

20201109_udanomikumari_009.jpg

20201109_udanomikumari_010.jpg

----------------------------
祓戸神社・稲荷神社
 大祓詞にある瀬織津比命・速秋津比命・気吹戸主・
速佐須良比命の四柱の祓戸大神等をお祀りしています。
本殿に参拝するに、先ずこの神社に詣り祓い清めます。
また稲荷大神を合祀申し上げております。

-------------(宇太水分神社 境内案内板より)

そうこうしているうちに拝殿の扉が開きました。
撮影より先に済ませてしまった私、再度お参りしなおす。

20201109_udanomikumari_011.jpg

----------------------------
 当初、この位置には神楽殿が建造されていましたが、
昭和47(1972)年の台風の際、欅の倒木の下敷きになって
倒壊しました。その後、昭和48(1973)年の造営で
この拝殿が新たに建造されました。屋根の銅版は平成16年
(西暦2004年)の大造営で葺き替えましたが、このときには
多くの氏子、崇敬者の方々に銅版を寄贈していただきました。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

★その2に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3546.html


ブログに訪問ありがとう。
あなたの応援が励みになってます。拍手をポチッとよろしく♪
関連記事
テーマ:奈良
ジャンル:地域情報