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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々、たまに飯テロ。ヲタクなネタから神社めぐりまで。お好きな記事をブログカテゴリからお選びください。
2021年02月12日 (金) | 編集 |
「地方ローカルの番組は地元の話しかしないから安心。
こういう方が落ち着いて観れるわー」と油断している時に
「お隣韓国ではー」「韓国でもー」とブッ込んで来られると
本当にウンザリする。不快だし気持ち悪い。生理的に無理。
交通事故に遭った気分になってすぐにテレビ消す。
(無視しようとしてるのに向こうから勝手に突っ込んでくる)
トレンドに乗り遅れますよーって空気出してくるのもやめろ。
誰も乗らねえよそんなモノ。

何かにつけてあの国持ち出さないと気が済まんのか。
流行っても無いし聞いた事すら無いものをゴリ押してきたり、
コリアンの曲被せてきたりするのマジでやめて欲しい。


地元ネタで安心して観てるところにコレ。
地方ローカル局でもこんな調子とかほんと勘弁して欲しい。
(特に静岡第一テレビとSBSテレビな!)そういうのは
東京の放送局に任せとけ。絶対に観ないから。

何ていうかもうあまりに嫌すぎて
アレルギーっすわ。
勘弁して。


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テーマ:ひとりごとのようなもの
ジャンル:日記
2021年02月12日 (金) | 編集 |
2020.11.9 遥拝
通りがかりに立ち寄った「天武・持統天皇陵」

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天武・持統天皇陵(檜隅大内陵) 
https://www.asukanavi.jp/point.php?pid=20
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 壬申の乱(672年)に勝利し、律令制の基礎を築いた
天武天皇と、その皇后で次に即位し、天皇としてはじめて火葬
された持統天皇が合葬されている御陵(檜隅大内陵)である。
墳丘は現在東西約58m、南北経45m、高さ9mの円墳状を
なしている。鎌倉時代(1235年)に盗掘され、その際の記録
である『阿不幾及山陵記』に墳丘・前室・墓室内の様子の記載
がある。墳形は八角形で五段築成、周囲に石段をめぐらすと
いう。切石積の石室は2室からなり、天武天皇の夾紵棺と
持統天皇の金銅製骨蔵器が納められている。

-------------(天武・持統天皇陵 案内板より)

遠くからそっと手を合わせていきました。

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御陵を眺めていたら観光客と思しき女性が誰かとスマホで会話
しながら「鬼のまないたってどこにあるの?無いんだけどー」
とキョロキョロしていたので、逆に私らが気になってしまい、
「どんな所か行ってみようか」という事に。
iPadを出してGoogleマップのアプリを起動する私。
なぁんだ、すぐわかる場所にあるじゃん。あの人随分一生懸命
探してたようだが、そのスマホで何とかならんかったのか。

★「鬼の俎」に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3581.html


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テーマ:奈良
ジャンル:地域情報
2021年02月12日 (金) | 編集 |
2020.11.9 参拝 
天川村の「大峯本宮 天河大辨財天社」にやって参りました。
この神社は日本五弁天のうちのひとつと言われております。
(黄金山大神・江島大神・竹生島大神・天川大神・厳島大神)
「天河大辨財天社=てんかわだいべんざいてんしゃ」
と読みますが、ざっくりと「天河神社」でも大丈夫です。

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天河大辨財天社の鳥居の横に鎮座するのは、お稲荷さん。

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鳥居をくぐって進みましょう。

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一段高い場所にあるこちらは「五社殿」

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手前から奥に向かって…
・龍神大神(辨財天の化身なる龍神の神)
・大将軍大神(八ツつの杜の内森本神社御祭神)
・大日靈貴神(天照大御神の御別名)
・天神大神(菅原道真公)
・大地主大神(琵琶山の地主守神)

五社殿の前にあるのは「天石」

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天石の云われ 
 大峯弥山を源流とする清流は天の川にそそがれ
坪内(壺中天)で蛇行し、その形は龍をしのばせる。
鎮守の杜、琵琶山の磐座に辨財天が鎮まり、古より多くの
歴史を有す。この地は「四石三水八ツの杜」と言われ、
 四つの天から降った石
 三つの湧き出る清流
 八つの杜
に囲まれし処とされ、神域をあらわす。その内三つの天石
(一つ石階段右・二つ五社殿前・三つ裏参道下行者堂左)
を境内に祀る。

------------(天河大辨財天社 境内案内板より)

こちらは石段の横にある天石。

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判りづらいと思いますが五社殿の場所から見上げると、
拝殿と御本殿が見えます。

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さて、お参りをしましょう。
(ここより上では撮影していませんので写真は無し)

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大峯本宮 天河大辨財天社
https://www.tenkawa-jinja.or.jp/
御祭神/市杵島姫命(辨財天様としても信仰されています)、
    熊野坐大神、吉野坐大神、南朝四代天皇の御霊、
    神代天之御中主神より百柱の神
----------------------------
多門院日記に、
「天川開山ハ役行者 -マエ立チノ天女ハ
 高野 大清層都コレヲ作ラシメ給フ」という一節があります。
これは室町期の傑僧多門院英俊の天河詣での記録です。
天河大辨財天社の草創は、この日記のような飛鳥時代の昔に
さかのぼります。龍、水分(みくまり)の信仰で代表され
古代民族信仰の発祥地とされる霊山大峯の開山が役行者に
よってなされたことは 周知のことです。その折大峯蔵王権現
に先立って勧請され、最高峰弥山の鎮守として祀られたのが
天河大辨財天の創まりです。
 その後、うまし国吉野をこよなくめでられた天武天皇の
御英断によって壺中天の故事にしたがい現在地、坪の内に社宇
が建立され、ついで吉野総社(吉野町史)としての社各も確立
しました。
 更に弘仁年中、弘法大師の参籠も伝えられます。
高野山の開山に先立って大師が大峯で修行された話しはすでに
明らかですが修行中最大の行場が天河社であったのです。
天河社には大師が唐から持ち帰られた密教法具「五テン鈴」
や、さきの多門院日記で紹介された「大師筆小法花経」、
又真言密教の真髄、両部習合を現す「あ字観碑」など弘法大師
にまつわる遺品が千二百年の星霜を越えてなお厳かに我々の心
を魅了します。冒頭で多門院英俊の言う「高野大清層都」とは
弘法大師のことなのです。

-----------------------(↓続く)

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 天河大辨財天社の由緒の中で、天河社が「大峯第一、
本朝無双、聖護院、三宝院両御門跡御行所」(天河社旧記)
であったことを見おとすことは出来ません。
通常准三后宣下を受けられた宮家が門跡就任を奉告するための
入峯は宗門にとって最も重要大切の行事とされ、江戸期将軍の
参内に匹敵する権勢と格式をもっていました。この門跡入峯に
あたっての必修行程に門跡の天河社参籠がありました。
 このことは遠くその昔役の行者や空海の縁跡を慕い、
その法脈を受けついだ増誉、聖宝解脱など効験のきこえ高い、
大変偉い上人たちが峯中苦行をなしとげ天河社求聞持堂に参籠
されました。そして峯中の大秘法「柱源神法」にもとづく修法
の数々が確立されたのです。まさにその一瞬天河社縁起に言う
「日輪天女降臨の太柱が立つ」といわれます。
これが門跡参籠修行の謂です。
 文化元年七月十六日三宝院高演によって修せられた
「八字文殊法」などはまさしく門跡参籠修帰依の史実を裏書
するものです。
 また琵琶山の底つ磐根に立ちませる神と従神十五の督のこと
が修験の著名な文献「日本正法伝」天河祭祀のくだりに
日本辨財天勧請の創めとして掲載されています。これは天河
大辨財天が本邦弁才天の覚母であるということなのです。
そしてその加持法力は広大無辺十五の督によってことごとく
伝えられ、信心帰依の善男、善女へ授けられる福寿のこと
夢疑うなかれとされています。

------------(天河大辨財天社 公式サイトより)

お参りを済ませたら来た方とは反対側に出て、
階段を下りていきましょう。

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下から見える御本殿。お山は禁足地となっています。

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【行者堂】
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 天河神社にゆかりのある役行者様をお祀りしております。
拝殿奥の階段から降りてすぐにございます。

------------(天河大辨財天社 公式サイトより)

行者堂すぐ側にある天石。

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【南朝黒木御所跡】
神社からほんの少し歩いた場所にあります。

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神社より東側に南朝黒木御所の史跡がございます。
 南北朝時代、天皇、親王より御下命を賜わった綸旨、
令旨が13通の天河に現存し天河郷民が南朝忠勤を尽くされた
ことが物語れます。
 史跡は石積みされた塀のみ残されていましたが、
昭和五十五年五月一日旧皇族賀陽殿下を御迎えし南北朝皇族
を始め将軍戦士敵味方の南朝北朝の霊的和解を祈念し南北朝
慰霊祭が斎行され、宝篋印塔が建立されました。今尚、
南朝北朝の御霊様を偲びゆかりある皆様がお詣りされます。

------------(天河大辨財天社 公式サイトより)

天河大辨財天社は、この他にも摂社末社がありますが、
そちらへはお参りをしていません。お時間のあるかたは是非
いかがでしょう。

SERUNA:「そういえば何でここに来たかったの?」
旦那:「天河伝説殺人事件…(´・ω・`)」
……角川文庫のやつか。ただしロケ地はここでは無いらしい。


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