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2021年10月07日 (木) | 編集 |
検索でいきなりココに辿り着いた人は、その1からどうぞ。
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【千手観音立像】
摩訶耶寺(浜松市)のもので重要文化財。
木造(一木造り)、彩色 平安時代中期の作。

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_012

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_013

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千手観音立像 
 頭上に髪の毛を束ね(髻)、その上に頂上仏面を掘り出す。
天冠台を掘り出し、その上に頭上面をいただく。眉間には白い
円形の突起(白毫相)が見られる。首には3本の筋(三道)を
掘り出している。条帛、天衣をかけ、裙、布腰をまとう。
第1手は合掌し、第2手は腹前で宝鉢(亡失)を持つ。
脇手を含めた42本の腕には飾り(腕釧)を掘り出す。
 頭と体をカヤと思われる一材から掘り出している。
内側を刳り抜いていない。頭上面と脇手は別材であるが、
頭上仏面は頭、体と一材から掘り出しており、貴重である。
唇と体の左側面に朱色の彩色が確認できる。
左脇手前列の最下部の手に、目が描かれた痕跡がある。
 やや形式化しているが、平安時代前・中期に流行する翻波式
衣文(大きな波と小さな波がくり返すような文様)が足元の衣
に見られる。


---------------------(説明文より)

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_014

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千手観音の掌の目
〜87年ぶりの修復作業における新知見〜
 令和元年(2019)6月、本店開催に向けて、静岡県文化財
保護審議委員で本展監修の岩佐光晴氏(成城大学教授)と
浜松市美術館による摩訶耶寺の諸仏の調査を実施した。
その結果、千手観音立像の脇手や脚部の朽損が判明した。
 その後、同年9月に、文化庁文化財第一課による本像の
実施調査が行われ、国の補助事業として、公益財団法人
美術院(京都国立博物館内)にて87年ぶりの修復を行うこと
となった。
 修復を経て、汚れの除去、脇手の虫穴の充填、矧目や割目
の固定等が施された。このように、展覧会での展示を前提と
した調査で、仏像の状態を確認することを通して、朽損箇所
や修復が必要な箇所の発見に至るケースがある。

-----------------------(↓続く)

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_015

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 今回の修復では、像表面の汚れを刷毛や精製水を用いて
クリーニングすることによって、脇手の掌に描かれた眼や体部
の彩色の痕跡が発見された。当時のものかの断定はできないが、
古いものではないかと思われる。
 本像は修復後、京都から直接浜松市美術館に搬入され、
本展が修復後の初公開となる。
 仏像の修復は、多額の費用を要する。今回の本像修復のよう
に、展覧会出典をきっかけとし、国や地方自治体、寺院が手を
携えることによって修復が実現し、さらには新知見の発見に
至ったとすれば、それは博物館・美術館で文化財を展示する
意義の1つと言えるのではないだろうか。

---------------------(説明文より)

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_016

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_017

千手観音というのは「観世音菩薩が遍く一切衆生を救う為、
身に千の手と千の目を得たいと誓って得た姿」だそうな。
どうでもいいけど、人間目線で見るとこれだけの腕があると
逆に邪魔になりそうではないかと思ってしまう。

【不動明王立像・矜羯羅童子立像・制吒迦童子立像】
こちらは普門寺(豊橋市)のもので、愛知県指定文化財。

20210422_浜松市美術館_みほとけのキセキ_018

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 不動明王立像(中)は頭頂に花のように髪を結い(莎髻)、
巻髪で、左肩に編んで束にした髪(弁髪)を垂らす。
右目を開いて、左目を下にすがめ(天地眼)、右の下牙、
左の上牙をむき出す。首には3本の筋(三道)を掘り出して
いる。左肩から条帛を掛け、裙、腰布をつける。
 腰布表にわずかに線状の金属箔を接着した文様(切金文様)
の彩色が残る。左手に綱(羂索)を握り、右手には後補の剣
を持つが、当時の鋼も残り、貴重である。(ケース内)
 ひじと腕には飾りを掘り出す。腰を右に捻り、
左足を踏み出す。安然(承和8年(841)年?〜?年)が
整理した「不動十九観」をもとにした作例で、平安時代後期
の典型的な姿である。
 脇侍の矜羯羅童子立像は両手で蓮を持ち、制吒迦童子立像
(左)は右手を額にかざす。腰高なプロポーションが3躯に
共通しており、群像としてのまとまりもよい。

---------------------(説明文より)

すまん…不動明王立像、ピンボケてしまいました。

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【不動明王(普門寺)制作当初の三鈷剣】

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★その3に続く!
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