定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
2016年05月09日 (月) | 編集 |
その1を読んでいない人はこちら。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-1180.html

駿府城公園までやってきました。
城が無いのに駿府“城”公園とはこれいかに。
昔は単なる『駿府公園』という名称だったんですけどねー。
静岡もお城を作ればいいのに…と思う人もいるのでしょうが、
莫大な資金が必要になり、おまけに設計図が残っていなくて、
建てられないとか何とか。まぁ、いい加減なつくりで建てられて
しまっても嫌なので徹底した調査をしたうえで城を作って欲しい
と思う県民がここにいるのですがw

ところで随分前に、再建の賛同者を募って派手にお金を集めて
いたような記憶があるんですが… まだ再建すらされていないのに
あれで集めたお金って一体、どこで使われたんだろう?

さて、公園内では『肉フェス』なるイベントをやっていました。
買った人のお皿を覗き見ると見本写真と比べあまりのショボさ。
その差の激しさに「並んで食べる価値は無いなw」と判断。
いやぁ「肉フェス 詐欺」「詐欺フェス」でググって笑ったわw
店の人には悪いがあのクオリティなら家で作った方が絶対マシ。
「あんなの買うのは勿体無い!お昼ご飯は別の所で食べよう」
という事でトコトコ歩いていると…

いぃ家ぇぇ康ぅぅゥゥーー!!
(BASARAの三成ばりの叫び声で)

20160505_shizuoka_007.jpg

はい、凄いテンションで徳川家康のブロンズ像でございますw
ココはかつて駿府城があった、本丸御殿跡ですよ。

駿府城
http://sumpu-castlepark.com
-----------------------------
 今から約六百五十年の室町時代、今川範国が駿河守護職に
任じられて以降、駿河国は今川氏によって治められました。
九代義元も今川氏全盛の頃、徳川家康は七歳から十八歳までの間、
人質として駿府に暮らしました。永禄三年(1560)今川義元が
桶狭間で織田信長に討たれた後、今川氏は急速に衰退し、
永禄十一年(1568)武田氏により駿府を追われました。
 徳川家康は、駿府の武田氏を天正十一年(1582)に追放した後、
同十三年(1585)には駿府城の築城を開始し浜松城から移りまし
た。しかし徳川家康は、天正十八年(1590)豊臣秀吉により関東
に移封され、豊臣系の中村一氏が駿府城の城主になりました。

-----------------------------
※長いので分けます。

20160505_shizuoka_008.jpg

-----------------------------
その後、徳川家康は、関ヶ原の戦いに勝利し、慶長十年(1605)
に将軍職を息子秀忠に譲り、同十二年(1607)には大御所として
三たび駿府城に入りました。この時に天正期の城が拡張整備され、
駿府城は壮大な新城として生まれ変わりました。城には三重の堀
が廻り、堀に囲まれた曲輪を内側から「本丸」、「二ノ丸」、
「三ノ丸」とする典型的な輪郭式の縄張りとしています。
 大御所の城にふさわしく、築城に際して「天下普請」として
全国の大名が助役を命じられ、各地から優秀な技術者や多量の
資材が集められました。
 また、安部川の堤の改修や、城下町の整備なども行われ、
現在の静岡市街地の原形が造られました。


-----------------(駿府城公園 案内板より)

銅像を見て思い出したんだけど家康といえば鷹狩りが有名。
私の故郷の焼津市にも、家康さんがが鷹狩りに来たというお話
が残されています。彼は県内のあちこちで鷹狩りをしていた
らしいですね。( ´ ∀` )ノ

銅像の近くに、徳川家康お手植えのミカンがあります。
木の周りは通常柵で囲まれていますが、隙間から撮影しました。

20160505_shizuoka_009.jpg

-----------------------------
静岡県指定天然記念物 家康手植のミカン
 徳川家康公が将軍職を退いて駿府城に隠居のおり、
紀州(和歌山県)より献上された鉢植えのミカンを天守閣下の
本丸に移植したものと伝えられている。
 このミカンは当地の方言でホンミカンと言われており、
鎌倉時代に中国から入った紀州ミカン(コミカン)の一種で、
香の強い、種のある小形の実を結ぶ。静岡地方のミカンの起源
を知るうえで貴重なものである。

花の時期/五月初旬 ・ 収穫の時期/十二月中旬

-----------------(駿府城公園 案内板より)

駿府城公園をあとにして、お堀の外側へ。
静岡へ遊びに来た人に教えちゃう記念写真のスポットはココ。
東御門の巽櫓を背景にして『弥次さん喜多さん』の銅像と一緒に
いかがでしょうか。間に座って写真が撮れますよ♪ ( ^ω^ )

20160505_shizuoka_010.jpg

ちなみに『東海道中膝栗毛』を書かれた江戸時代の戯作者、
十返舎一九さんは、駿府出身だそうです。
弥次喜多ってなんぞ?という人にわかりやすい記事を置いとく。
-----------------------------
現代ならば発禁モノ?『東海道中膝栗毛』
http://www.sankei.com/west/news/130604/wst1306040050-n1.html

------------------(リンク先:産経West)

★静岡さんぽ、その3に続きます。
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コメント
この記事へのコメント
何と言う偶然!

昨日の真田丸の最後の真田丸紀行が駿府城でした。

おいらは10年以上前に黒はんぺんのおでん食べる前に行きました
2016/05/09(Mon) 21:31 | URL  | 猫柳 #el1ariU6[ 編集]
Re: 猫柳さん
こんばんは、いらっしゃいませ。
今夜はたくさんのコメント感謝感激です♪

>昨日の真田丸の最後の真田丸紀行が駿府城でした。

ふふふ、400年祭終わってしまいましたが、いま静岡もアツイですぜw
駿府は歴史を語るうえではスルーできない部分です。

かつて駿府城があった場所、現在の駿府城公園はイベントが行われないと
なーんも無いただの公園ですからねー。たまに野良ちゃんを見るくらいかな。
あまり面白い場所でもなかったでしょw (^ω^;)
2016/05/10(Tue) 00:11 | URL  | SERUNA★静岡 #-[ 編集]
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