去年参拝した記録です。
平将門公を崇敬しているウチの旦那が参拝してみたかった神社、
それがここ、ビル群の中にある『築土神社』(つくど神社)。
主神は天津彦火邇々杵尊ですが、相殿に平将門公が祀られています。

この地上8階、地下1階のこのビルは神社の社務所。
名前は『アイレックスビル』。由緒書きを読むとアイレックスとは、
『モチの木』を意味しているそうな。

見上げると剣が!カッコいい!!

拝殿のそばに鎮座する狛犬。


コンクリート造りの社殿。
防火や耐震といった面で何か基準があるのでしょうけれど、
こればっかりは仕方ないッスな。

築土神社
http://www.tsukudo.jp
御祭神:《主神》天津彦火邇々杵尊
《相殿》平将門公・菅原道真公
御由緒を載せたかったのですが、
参拝をしたこの日は神職の方が不在で参拝の栞を頂く事が出来ず、
公式サイトからの文章を…と思いましたけれど転載不可でしたので
御由緒についての詳細はリンク先をご覧になっていただきたい。
ちなみにですが、築土神社は幾度か移転を繰り返しています。
http://www.tsukudo.jp/gaiyou-rekisi.html
御由緒以外のページも、読んでみてとても面白いので是非。
『平将門公の首桶』についても掲載されています。
(「桶を見たら目が潰れるから見てはいけない」といういわれが…)
http://www.tsukudo.jp/houmotu-kubi.html
昭和二十年の戦火で焼失してしまうまで、この神社には平将門公の
首桶が御神体として安置されていたようです。
下の写真は境内にあった『力石』。
大きい方は『五十三メ目』、小さい方は『三拾貫余』と刻まれ、
(「メ」=「貫」の略時)当時の一貫の重さは約3.75kg。

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「力石」とは一定重量の大小の円形または楕円形の石で、
村の鎮守、神社境内、会所や境界(今日の行政単位の村ではない)に
あって、若者達が力試しに用いたと記録されている。
古来、わが国民間信仰では石に纏わる信仰は多い。
石に精霊がこもる、あるいは石を依代としている神々も多い。
また、「力石」に於ける伝承の一つとして、「道切」説もあるが、
「巨人伝説の大草鞋」同様と考えられる。しかしこれらは、石神等に
関する伝承の変化であって、昔は、村々に疫病の侵入を防ぐための神
であり、呪い(まじない)等であったようである。
(疫病は道を伝って来ると信じられていた)
境内にある「力石」の由来は詳らかではないが江戸・東京の若者達
の生活と娯楽の一端を知るうえで貴重な資料である。
なお「力石」に刻まれている「元飯田町」とは、「中坂」を南北に
はさんだ現九段北一丁目にあたり、江戸時代からの町名である。
----------------(築土神社 境内案内板より)
裏門(北の丸スクエア側)から撮影した御本殿。
高い位置に作られています。

築土神社の近くに靖国神社があるのですが、
ちょっと時間がなかったのでこの日はパスしました。
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