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2018年06月01日 (金) | 編集 |
2018.2.9 探訪 
静岡県湖西市にあります『新居関所』にやって参りました。
歴史的な建造物ではありますが、この関所は災害などによって
何度も移転を繰り返してきたそうです。
http://hamaguru.com/sekisho/sekisho_iten.html

YouTubeより1分30秒でわかる公式動画を拝借。


20180209_araisekisyo_001.jpg

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 新居関所(今切関所)は慶長5年(1600)徳川家康により創設
されました。幕府は江戸を守るため全国に53ヶ所の関所を設け、
「入鉄砲と出女」に対し厳しく取り締まりをしました。
特に新居関所は約100年間、幕府直轄として最高の警備体制が
敷かれていました。鉄砲など武器の通行ではもちろんのこと、
当関所に限っては江戸へ向かう女性(「入り女」)にも「手形」
が必要で、不備が見つかれば通ることはできませんでした。
   当関所は江戸時代中期に、自然災害で2度の移転を強いられ
ました。現在に残る建物(「面番所」)は、嘉永7年(1854)の
地震でそれまでの建物が倒壊したあと、安政5年(1858)までに
再建されたものです。

 明治2年(1869)に関所は廃止されましたが、明治~昭和に
かけて学校や町役場として使われ、当時の建物が日本で唯一
そのまま残る関所としての歴史的価値が高く評価され、大正10年
(1921)国の「史蹟」に、昭和30年(1955)には改めて国から
「特別史跡」に指定されました。
 現在、当市では新居関跡の復元整備事業を進めています。
これまでに今切渡船場の石垣・護岸のほか、関所の入口となる
枡形広場の土塁柵、高札場および大御門を復元しました。今後も
船会所、女改め長屋、土蔵などの復元整備を計画しています。

------------------(湖西市のページより)

こちらは大御門
その側に「高札」が掲げられていました。

20180209_araisekisyo_002.jpg

20180209_araisekisyo_003.jpg

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 大御門は、明六ツ(午前6時頃)に開き、暮6ツ(午後6時頃)
に閉じました。大御門の前には、高札を置く枡形広場があり、
東海道へつながります。
 大御門の大きさは、高さ5.8m、幅4.6mです。城門と同じ
屋根付きの堂々とした高麗門です。礎石建ちではなく、
地表より2.7m下に礎石をすえ、柱を埋めた掘立柱の門です。

------------------(新居関所 案内板より)

入場料を支払い、中に入ってみましょう。

20180209_araisekisyo_004.jpg

上の写真から視線を左に。
左奥の方に先ほどの大御門が見えます。

20180209_araisekisyo_005.jpg

右に視線を向けた景色がこちら。

20180209_araisekisyo_006.jpg

下の写真は大御門側から見た関所です。

20180209_araisekisyo_007.jpg

先程の場所に戻って再び撮影。

20180209_araisekisyo_008.jpg

二種類の駕籠(かご)が置かれていました。
どちらもとても簡素なものですが、多分二番目に撮ったのは、
囚人駕籠(鶤鳥駕籠とも言う)になるやつでしょうかね?

20180209_araisekisyo_009.jpg

20180209_araisekisyo_010.jpg

下の石は「関所の石樋」

20180209_araisekisyo_011.jpg

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 石樋というのは雨水などを流すための側溝のことで、
関所の面番所を挟んで、南北に、排水などを流す二筋の側溝が
東側の石垣まで掘られ、浜名湖に注いでいました。
 そしてこの二つの石樋が、その側溝の先端に鴨のくちばしの
ように突き出ていました。そのためこの石樋は「鴨の嘴」とか
「鴨の口」と呼ばれていました。

------------------(新居関所 案内板より)

こちらは「荷物石」

20180209_araisekisyo_012.jpg

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 これは旅人が関所で取り調べを受けている時に荷物を置いた石
です。当時は、二つの荷物石が面番所の西側に並んで置かれて
いました。

------------------(新居関所 案内板より)

さて、中に入りましょうかね。
入口の隣に見えるお部屋は「書院」と呼ばれるお部屋です。

20180209_araisekisyo_013.jpg

20180209_araisekisyo_014.jpg

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 書院とは本来読書などの学問をするための部屋であった。
江戸時代以降には公式の対面などを行う表向きの施設を
さすようになった。関所の書院は、八畳間で簡素な造りで
あった。

------------------(新居関所 案内板より)

★その2に続くよ!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2163.html


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テーマ:史跡
ジャンル:学問・文化・芸術
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