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2018年06月11日 (月) | 編集 |
2018.2.14 探訪 
浜松市中央区にある『浜松城』へとやって参りました。
徳川家康公は29歳から17年間浜松城に在城していたそうな。

…さて、どんどん進んで行きますよー。

20180214_hamamatsujyou_001.jpg

下の写真は「二の丸」だった場所にカメラを向けたもの。
現在は浜松市役所などが建てられている。

20180214_hamamatsujyou_002.jpg

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 本丸の東側に位置して土地も一段と低い。
ここは城主の家と浜松藩主の政治をおこなう政庁があり、
江戸時代を通じて藩の政治の中心であった。広さはおよそ
5000m2(1500坪)。主な建物は表御殿(藩の政治をする所)
と奥御殿(城主の家)であり多くの部屋があった。
現在は市役所と元城小学校体育館が建てられている。

-------------------(浜松城 案内板より)

家康さんのブロンズ像です。

20180214_hamamatsujyou_003.jpg

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 天守閣が城の象徴なら、本丸は城の拠点である。
普通の城は天守閣を取り囲むように本丸が配置されているが、
浜松城の場合は天守閣の東、約17m下につくられた。
周囲を石垣で囲み、南に正門である鉄門があった。
北には富士見櫓、南東のすみに二層の菱櫓を置いた。
本丸内の建物についてのくわしいことはわからない。

-------------------(浜松城 案内板より)

下の写真は「天守門」

20180214_hamamatsujyou_004.jpg

門に近づいていきましょう。
目線(カメラ)を奥の方から左に移してみます。

20180214_hamamatsujyou_005.jpg

20180214_hamamatsujyou_006.jpg

天守門を近くから写してみた。

20180214_hamamatsujyou_007.jpg

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門脇の鏡石 
 天守門の石垣正面は、左右ともに隅に巨石が用いられている。
この巨石を鏡石と呼ぶことがある。
 かつて城の壮大さや城主の権力を見せるため、門の両脇や周辺
に意図的に大きな石を用いたと言われており、彦根城太鼓門櫓や、
岡山城本丸、松本城太鼓門の石垣等に類例がある。
 巨石を用いた部分は算木積(石垣の角部を強固にするために、
長い石材の長辺と短辺を左右交互に振り分けて積む積み方)
になっていない。また、横長石も不揃いで、算木積とはいえない
部分もある。


-------------------(浜松城 案内板より)

さて、門をくぐって中へと進みましょう。

20180214_hamamatsujyou_008.jpg

★その2へ続く!
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