FC2ブログ
定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
| Login |
2019年01月09日 (水) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人は、その1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2478.html

「日本武尊 御遺蹟」でお参りを済ませ、さらに進みます。

20180912_yoshidajinjya_015.jpg

吉田神社では秋に例大祭が行われるようで、こんな説明文が。

20180912_yoshidajinjya_016.jpg

20180912_yoshidajinjya_017.jpg

20180912_yoshidajinjya_018.jpg

-----------------------------
吉田神社の秋季祭礼 
 吉田神社の秋季祭礼は、日本武尊を祀る吉田神社の祭礼で、
毎年10月15日に近い金・土・日曜日に開催されます。
吉田神社は常陸第三宮として、古来より高い格式(延喜式内
名神大社)を誇っています。
 初日に例大祭と夜祭、2日目と3日目には御神体を神輿に遷し、
氏子町内を巡り神社に戻る神幸祭と還幸祭が行われます。
神幸祭では、神社の境内で三角山神事が、那珂川の河岸にあたる
細谷舟渡(城東5丁目)で舟渡神事が行われます。
古い文献によると、日本武尊が細谷から小舟で三角山に鎮座
(神がとどまること)したとされており、茨城の太平洋岸の神事
にみられる「神霊が鎮座地から、最初に上陸した海岸に赴き、
神の力の回復を願う」という「磯出」「浜降り」の要素を持つ
貴重な祭礼です。
 現在は実行委員会が結成され、下市を代表する祭礼として定着
しています。神幸行列では、7基の山車や「台町のささら」
が加わり、地元の多くの人々が参加するとともに、
見物人も多数訪れて賑わいを見せます。吉田神社の秋季祭礼は
水戸の秋を彩る、歴史と伝統のある祭礼です。

----------------(吉田神社 境内案内板より)

20180912_yoshidajinjya_019.jpg

こちらは吉田神社の「隋神門」。

20180912_yoshidajinjya_020.jpg

阿吽の狛犬。

20180912_yoshidajinjya_021.jpg

20180912_yoshidajinjya_022.jpg

奉納された酒樽。

20180912_yoshidajinjya_023.jpg

20180912_yoshidajinjya_024.jpg

さて、お参りしましょうかね。

20180912_yoshidajinjya_025.jpg

吉田神社
https://yoshidajinja.jp/
御祭神:日本武尊
-----------------------------
 尊が東夷平定の帰途、常陸を過ぎて兵をこの地朝日山に留めて
憩わせた故事を以って、この地に神社を創建し尊を奉祀した。
尊の御休憩の場所は今日も三角山と称し境内見晴台の一角を占め、
神聖な処として伝え残されている。
創建の年紀は詳らかではないが、当社の古文書によれば正安4年
(西暦1301年)は、御創建以来800余年に当たるとあるので、
これより推定すると、顕宗天皇(485)と仁賢天皇(498)の
御代の間に遡るもののようである。
後に後鳥羽天皇は建久4年(1193)国司に勅して社殿を改造せられ
12月遷宮式を行い、これより後は鹿島神宮(旧官幣大社)
の遷宮についで当社の遷宮が行われるのを例とした。
次いで亀山天皇は弘長元年(1261)2月20日本社の神位を従一位
より正一位に進め、後陽成天皇の父、誠仁親王は天正4年(1576)
に御手ずから第三宮の三字を記され、大宮司田所清恒に賜り
当社の扁額とされた。更に後光明天皇の慶安元年(1648)10月
には、大将軍源家光が「吉田宮印」の朱印を下され、
権中納言源頼房は水戸に封ぜらるるや尊の功烈を慕われ、
その子贈大納言源光圀に至っては、尊崇最も敦く旧制に従って
本殿(神明造)拝殿・神殿・神楽殿・宝蔵・階・玉垣等を造営し、
八乙女・神楽男五人を置き盛大な斎祀を行われた。

------------------------(↓続く)

20180912_yoshidajinjya_026.jpg

-----------------------------
 現在においても尚毎年10月中旬の金・土・日曜には、
旧下市周辺を挙げて盛んな神輿渡御の神事が行なわれ、細谷町
舟渡の那珂川岸に渡御することは今も古例の通りである。
尊が朝日山に憩わせ給うた折、舟を藤蔓でつないでこの朝日山に
登られたと伝えられ、今に存する藤柄町の町名はこれより出た
ものであるとされている。
 現在三角山のある一角は、見晴台と呼ばれ茨城百景の内でも、
特に優れた勝地と称えられているが、この高地に立てば一望千里
水戸市を眼下に収め、視界の及ぶところ近くはひたちなか市、
湊の反射炉、遠くは阿武隈山脈のなだらかに起状しつつ静かに
尾を引き彼方に達し、まことに史蹟と眺望とを兼ね備えた
天下有数の神域である。

----------------(吉田神社 公式サイトより)

★その3に続くよ♪
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-2480.html


ブログに訪問ありがとう!
記事が面白かったら拍手をポチッとして戴けると嬉しいです。
関連記事
テーマ:神社仏閣
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック