某SNSがもうじきなくなるという事でメモ。
下の写真は白兎海岸。

2012.6.23/ラーメン博物館
2012.6.24/横須賀海軍カレー本舗、走水神社、御所ヶ崎(旗山崎)、
ヴェルニー公園、横須賀港
2012.7.14/弓削神社、酒折宮、朝気熊野神社、武田神社、
松尾神社、恵林寺
※弓削神社の南側に日本武尊の家臣「大伴武日連」の古墳がある
との事だったが場所がわからなかった。
※朝気熊野神社がある「朝気」という地名は日本武尊が命名。
酒折宮に泊まった翌朝、このあたりに来て朝食をとった。
※松尾神社の境内片隅に、日本武尊が一夜の褥(しとね)にした
という言い伝えのある「褥塚」が。他にも,彼が昼食の時に
使っていた箸を立てるとその箸から根や枝が生え、
大きな杉の木に変化したという伝説のある「お箸杉」が
あったらしい(今は無い)。
※恵林寺:「心頭滅却すれば火もまた涼し」はこの寺から。
武田信玄公の墓所もある。
2012.7.21/宮本武蔵生誕の地、讃甘神社(岡山)、
国府中央公民館、鳥取市稲葉万葉資料館(鳥取)
2012.7.22/(鳥取のみ)宇部神社、因幡国庁跡、
白兎神社、白兎海岸,鳥取砂丘
2012.7.23/日吉神社、初鹿野、中臣印達神社、射楯兵主神社、
西宮神社、日本橋(大阪)
※初鹿野:日吉神社から直線距離にしておよそ約3〜4km辺り。
※兵庫では太田家にて和牛を食す。
大阪では人情麺家 牛骨王でレモン入り塩ラーメンを食す。
【稲葉万葉資料館の庭園にて】
展示会→講演会→展示会の順でいって最後に何となく歴史館の庭園をぶらっとしていたら…「すみません、写真をお願いできますか?」と、杖をついたおばあさんが。「いいですよー」と旦那が快く引き受け写真を撮ると、この方、「ここは思い出の場所なんです」と。お庭に万葉の句碑があってそれを眺めていたそうです。万葉歴史館で『曲水の宴』というものをやるらしく、それも教えていただきました。
「私、92になるんです。この年になるとあまり外出が出来なくてね、孫に車で連れてきてもらって…あ、孫はおりんさんと言うんですけどね」(『りん』さんという名前なのかな?)
記念に写真を撮ってもらおうと思っていたものの、誰もいなくて諦めていたら、丁度私達が通りかかったから良かったと言っていました。「どちらからいらしたんですか?」と聞かれたので、静岡の方から…と答えたら、静岡にお友達がいたそうでそれも懐かしそうにお話をしてくださいました。
「神仏のおかげでしょうね、ありがとうございます。これで私も思い残す事なく逝けます」
─いやいや、そんな事言っちゃダメです。いつまでも元気でいてください。
久々にほっこりとした時間に出会えました。撮影したカメラはデジカメではなくフィルム式のカメラ。写真のフィルムが最後の一枚だったけれど、うまく撮れていただろうか?
2012.8.2/黒犬神社(鬼岩寺境内)、見付天神 矢奈比売神社
2012.8.4/草薙神社 旧跡地、首塚稲荷神社、草薙神社
2012.8.18/(岐阜)伊吹山、南宮大社、御首神社、
日本武尊史跡 当芸野(または多芸野とも)、養老の滝
※ちなみに伊吹山への往復の通行料金は三千円。高いよ!
山の四合目あたりには日本武尊「遭難碑」があり、
彼が記紀のお話の中で山神にやられたのはその辺りとの事。
麓から登山をしないと見れない。山は夏なのにひんやりした。
※日本武尊史跡 当芸野:養老公園近くの『大菩提寺(大悲閣)』
(場所は岐阜県養老町)というお寺の境内にあり。
2012.11.11/大鳥神社(東京都目黒区)
2012.12.8/萱津神社、幡頭神社(愛知)
行けなかった場所:「羽豆神社」
※幡頭神社:神社から見える「梶島」の名前は、
海で遭難した建稲種命(日本武尊の家臣であり、宮簀媛の兄)
の遺体が海岸に流れ着いた際、乗っていた船の『梶』が島に
流れ着いた事に由来するもの。建稲種命は海で見つけた
珍しい水鳥を日本武尊に献上しようと考えて獲ろうとしたが、
海に落ちて溺死してしまった。