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2020年01月04日 (土) | 編集 |
2019.5.29 探訪 
『鬼ノ城』に向かいます。
その手前に「鬼の釜」と呼ばれる大きな釜が置かれていて、
温羅が生け贄をこの大釜で茹でていたという伝説がありますが
説明を読む限り正しい謂れというか、こうだ!というハッキリ
した詳細は不明のようです。口径役185cm、深さ105cm。

20190529_総社市_鬼の釜_001

20190529_総社市_鬼の釜_002

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http://www.city.soja.okayama.jp/bunka/kanko/shitei_bunkazai/si/si_10.html
鬼ノ城に住んでいた温羅という伝説の鬼が使用していたとされ、
「鬼の釜」という名で呼ばれています。鋳型で作られた大釜で、
上・中・下三段の横方向と、各段10片の縦方向の鋳造痕が明瞭
に認められます。
 この釜は、現在新山集落の一画にあります。
「湯釜谷という所にあったものを、享保7(1722)年10月に
地元の人が現在の場所に運び、その時底が壊れた」、
また「釜はもともと二つあり、新山寺の僧がその一つを阿曽村
の鋳物師に与えた残りである」、「阿曽村の鋳物師が持ち帰り、
一つを壊すとたたりがあったので、残る一つを新山へ返した」
などの伝承がありますが、定かではありません。
この地は山岳仏教の聖地で、新山別所の浄土堂を修理し、
阿弥陀仏を安置した鎌倉時代の僧:重源が、山口県の阿弥陀寺
で湯釜を寄進したとされていることから、新山でも人々のため
に湯屋をつくり、湯釜もつくったのではないかと考えられます。

---------------(リンク先:総社観光ナビ)

鬼ノ城を遠くから眺められる場所があったので撮影。
鬼ノ城は吉備津彦と温羅の物語の中では鬼と呼ばれた温羅が
ここに住んでいたとされています。山の高さは標高約400m。
山容は擂鉢を伏せたような形状。山頂付近はなだらかな斜面
となっていますが、8〜9合目以下は著しく傾斜している。
築かれた城壁は全周約2.8km。城内はおよそ30ヘクタール。

カメラを鬼ノ城から右の方に向けてみましょう。

20190529_鬼ノ城_001

20190529_鬼ノ城_002

20190529_鬼ノ城_003

20190529_鬼ノ城_004

でっかい岩があった。

20190529_鬼ノ城_005

案内板によれば築城の時期については諸説あり。
大和朝廷が朝鮮半島の百済軍救援のため出兵した白村江の海戦
(663年)において失敗した後、唐、新羅連合軍の日本侵攻を
恐れ、急ぎ西日本各地に築城した城の一つと考えられており、
古代山城は北九州北部から瀬戸内海、近畿にいたる地域に築城
されているそう。この鬼ノ城は対岸の屋嶋城とともに、
瀬戸内の重要拠点として考えられていたそうです。

さあ、鬼ノ城に着きましたよ。
鬼退治しちゃう?

20190529_鬼ノ城_006

★その2に続くよ!(2以降は少し長くなるかも)
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3055.html


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