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2020年11月02日 (月) | 編集 |
2020.8.18 参拝 
「富知六所浅間神社」にやって参りました。
この日はほんの少しお天気の様子が怪しかったです。

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境内に向かって右手側に視線を向けると、
立派な御神木の大楠がどどーん!と立っております。

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大きすぎて写真に収めきれません。

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境内に置いてあったパネル。
御祭神の大山祇命と木花之佐久夜比賣命でしょうか?

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さて、お参りしましょう。

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富知六所浅間神社
https://twitter.com/fuji6sho_lab
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4404103
主祭神/大山祇命 
相殿/木花之佐久夜比賣命、大山咋神、
   深淵之水夜禮花神、阿波乃咩神、高龗神
----------------------------
 人皇五代孝昭天皇二年富士山山腹に御創建と伝えられる。
第十代崇神天皇が建沼河別命を東国に御派遣の際、当神社を
崇敬のあまり奏聞し勅幣を奉られ、爾後代々続けられた。
その後富士山の度重なる噴火のため第五十代桓武天皇
延曆四年(785年)に現在の地に遷座し、第五十一代平城天皇
大同元年(806年)、五社浅間を勧請するにあたり当神社を
首座と定めた。
 第五十二代嵯峨天皇弘仁二年(811年)、正四位に叙せられ
中宮の御安産祈願を奉仕した日本最古の安産祈願所であり、
以来勅願所と定められ、皇室の御安秦はもとより国家安秦の
御祈願が行われた。
 寬保年度の調書に御朱印其他八百八石外に別当領六十六石
とあり、朝廷及び武家諸候が当神社に寄せた信仰の厚さを
窺い知ることができる。

 また当神社六柱の御祭神は五社浅間・富士山本宮浅間大社の
御祭神であることより岳南総社と広く信仰を集め、
現在は神社本庁の別表神社に列ㄝられ富士市の大氏神として
連綿と崇敬を仰いでいる。
 現在の御社殿は約250年ぶりに改築され、平成二十七年十月
に遷座祭を御奉仕、その後旧御社殿の解体整備工事を終え
平成二十八年六月に竣功祭を斎行した。

-------------(富知六所浅間神社 案内板より)

社殿に向かって左手側にこんな所がありました。

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「厄割玉」といわれる物に祈りを込め、
的に向かって玉を投げつけ厄を祓う場所のようです。

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こちらが「厄割玉」。
表面をよく見ると「厄」の文字が…

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可愛い「釣りみくじ」もありました。

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★ 富知六所浅間神社(おまけ)に続く!
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3441.html


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