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2021年01月25日 (月) | 編集 |
検索でいきなりこの記事に辿り着いた人はその1からどうぞ。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3545.html

下の写真は「拝殿」、その背後に「御本殿」と「夫婦杉」。
公式サイトの境内図のページをリンクさせておきます。
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/keidai.html

20201109_udanomikumari_012.jpg

宇太水分神社
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/
本社御祭神/
第一殿:天水分神、第二殿:速秋津彦命、第三殿:国水分神
摂社御祭神/
春日神社:天児屋根命、宗像神社:市杵島比売命
末社御祭神/恵比須神社:蛭子之大神、金刀比羅神社:大物主命
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 宇太水分神社は、第十代崇神天皇の七年に勅命により
祀られたと伝えられており、大和朝廷が飛鳥に置かれたころ、
東西南北(それぞれ宇太、葛城、都祁、吉野)に祀られた
大和四水分けのうち東にあたります。芳野川が四郷川と合流
する付近に鎮座する当社は、古から水の守り神として信仰を
集め、近隣の人々から「氷分さん」と親しみをこめて呼ばれて
まいりました。
 平安時代前期の第六十代醍醐天皇の御代には、
大和四水分は大社に列せられ、祈年祭、新嘗祭、月次祭の案上
の官幣に預かり、『延喜式』において折雨神祭の八十五座の
一座に列せられております。またその後、幼少期の源頼朝公が
当牡に詣で、大将軍になれるかを占うために杉を植えさせ
「水分の神の誓いをうえおきつ後に栄えの老杉を見む」と
詠じたことが伝えられており、今もその杉の二代目が植えられ
ております。当地はかつて「宇陀の西殿の荘」と呼ばれ、
春日社と興福寺の荘園であった縁で摂仕春日神社が春日社より
勧請されて祀られました。市が立って栄えた場所でもありまし
たが、市が移ったのちは現在の地名てある「古市場」と
呼ばれるようになっております。

-----------------------(↓続く)

20201109_udanomikumari_013.jpg

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 鎌倉時代に建造された社殿は明治四十四(1911)年に
特別保護建造物の指定を受け、その後改めて昭和二十九年に、
本殿は国宝、摂社の春日神社および宗像神社は重要文化財の
指定を受けております。このたび、平成十六(2004)年の
大造営により、社殿の彩色が美しくよみがえりました。
今も鎮守の杜には古木がうっそうと繁り、
ムササビやフクロウも生息し、木々に囲まれた境内は、
近隣の方々の憩いの場、子どもたちの遊び場として、昔から
変らず親しまれる空間となっております。また水の守り神
として、全国各地の水道事業所を始めとする企業、
団体の方々にもご参拝をいただいております。

--------------(宇太水分神社 参拝の栞より)

【御本殿】
本社(第一殿、第二殿、第三殿)側から見た写真と、
春日神社・宗像神社側から見た写真。

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《本社本殿》
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 向かって右から第一殿、第二殿、第三殿であり、
それぞれ、天水分神、速秋津彦命、国水分神が祀られています。
三棟はいずれも、一間社隅木入春日造の檜皮葺です。
本殿三棟のうち、第一殿と第三殿は、鎌倉時代の元応二年
(西暦1320年)に建造されたものであることが第一殿の棟木銘
によって明らかであり、第二殿は永禄元年(西暦1558年)に
修理工事が行われたことが棟木銘に記されています。
三棟は等間隔で横一線上に並んでおり、「みくまり造り」と
称され連結社殿の原初形式を示すものであります。建造当時の
部材が良好な状態で残されていること、意匠が独創性に富んだ
ものであること、さらに建造年代の明らかな隅木入春日造
としては最古のものであることが評価され、
昭和29(西暦1954)年に国宝の指定を受けております。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

春日神社の前に立ち、カメラを左から右に。

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 春日神社は、この地域がかつて、興福寺と春日大社の荘園
であった関係で、室町時代に、春日社より勘請されて祀られた
ものです。社殿は、本殿と同じく一間社隅木入春日造の檜皮葺
であり、本殿より一回り小さいですが、建築様式は本殿と
非常に似通っています。社殿には、春日大社の御社紋である
藤の美しい彩色が施されています。室町時代中期の建造である
ことが明らかであり、昭和29年(西暦1954)年に重要文化財
の指定を受けました。春日神社の例祭は、7月21日の夕刻に
行われる夏祭りで、この日は、氏子の方々の子どもたちが
書いた絵を、灯篭に飾って奉納します。

 宗像神社の社殿は、室町時代末期の建造であり、一間社流造
の檜皮葺である。規模的には小さいが、意匠を凝らした蟇股の
彫刻は実に見事であり、流造の屋根の曲線は非常に優雅である。
1954(昭和29)年に重要文化財の指定を受けた。宗像神社が
どのような経緯でこの地に祀られたのかは詳らかでない。
宗像神社の例祭は、十一月下旬の亥の日、夜に行われる亥の子
祭りであり、夜間にごくまきが行われる。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

【夫婦杉】
二股に分かれていますが、根元で一つになっています。

20201109_udanomikumari_020.jpg

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 この二股に分かれた老杉は、夫婦になぞらえて「夫婦杉」
と呼ばれております。根本は夫婦の和合を表しているようで
大変めでたい木であります。十月第三日曜日の例大祭には、
上芳野・惣社水分神社より女神様である速秋津姫命様の渡御
があり、この根元に鳳連神輿を奉安し、当社の男神様である
速秋津彦命様とお逢いになられます。そのことから、国宝の
本殿に詣でたのち縁結びを願う人、また夫婦円満や家内安全、
子孫繁栄を祈願する方々の姿がございます。

-------------(宇太水分神社 境内案内板より)

金刀比羅神社辺りから撮影した国宝の御本殿。

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【金刀比羅神社】
樹齢数百年のケヤキの側に鎮座しています。

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 金刀毘羅神社は、この近隣の古市場地区の氏神様です。
4月10日と9月10日の例祭には近隣の氏子の方々が集まり、
和気藹々とした雰囲気の中で「ごくまき」が行われます。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

【恵比寿神社】
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 商売の神様をお祀りしている恵比寿神社は、地元古市場の
商工会が中心となって維持、管理を行っています。
恵比寿神社の例祭は、2月7日の初えびすであり、この日は、
たくさんの出店などで賑います。

-------------(宇太水分神社 公式サイトより)

とても雰囲気の良い神社で御座いました。

宇太水分神社の本社御本殿は、
拝観料を払うと瑞垣内に入って見れるそうです。
興味のあるかたは下記リンクを参照ください。
http://www1.odn.ne.jp/udanomikumari/h230715haikan.html


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テーマ:奈良
ジャンル:地域情報
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