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2022年02月23日 (水) | 編集 |
2021.12.22
「木島坐天照御魂神社」にやって参りました。
「このしまにますあまてるみたまじんじゃ」と読みます。

20211222_木島坐天照御魂神社_001

この神社には珍しい「三柱鳥居」があります。
詳細は記事の後半で。

20211222_木島坐天照御魂神社_002

先に進みましょう。

20211222_木島坐天照御魂神社_003

縁起のいい植物「千両」。
花言葉は「利益・富・財産・裕福・恵まれた才能」。

20211222_木島坐天照御魂神社_004

御神輿をしまう蔵でしょうか?

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拝殿。

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拝所が見えてきました。

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お参りしましょう。

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木島坐天照御魂神社
御祭神:天御中主命・大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命
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 この神社は、通称「木嶋神社」又は「蚕の社」と呼ばれる
延喜式内社で、天御中主命・大国魂神・穂々出見命・
鵜茅葺不合命を祀っている。
 「続日本記」大宝元年(701)4月3日の条に、神社名が記載
されていることから、それ以前に祭祀されていたことがわかる
古社である。
 この嵯峨野一帯は、古墳時代に朝鮮半島から渡来し、
製陶・養蚕・機織などにはすぐれた技術をもっていた秦氏の
勢力範囲で、当神社本殿の東側には織物の祖神を祀る蚕養神社
(東本殿)があり「蚕の社」もそれにちなんだ社名である。
 この神社は、古くより祈雨の神として信仰が厚く、参詣の人
も多かったことが平安時代に書かれた『日本三代実録』や
『梁塵秘抄』などの文献からうかがい知ることができる。

-----------------------(↓続く)

20211222_木島坐天照御魂神社_009

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 社殿は明治以後のもので、本殿・東本殿・拝殿などがあり、
社殿を取囲むように巨樹が繁茂している。本殿の西側には四季
湧水する「元糺の池」という神池があり、天保2年(1831)に
再興された京都三鳥居の一つとされる石製三柱鳥居が建つ。
 例祭は、毎年10月10日が行われるが、夏期土用の丑の日には、
この池に手足を浸すと諸病によいという庶民信仰がある。
 市内でも最古に属する当神社は、境内から清泉が湧き、
巨樹が繁茂して古来の姿をよくとどめており、
京都発展に大きな役割を果してきた秦氏との関連を含め、
大へん貴重なものとして昭和60年6月1日に京都市の史跡に
指定された。

------------(木島坐天照御魂神社 案内板より)

20211222_木島坐天照御魂神社_010

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蚕養神社(蚕ノ社) 本殿右側の社殿 
 雄略天皇の御代(1500年前)秦酒公呉国(今の中国南部)
より漢織・呉織を召し秦氏の諸族と共に数多くの絹・綾を
織り出し「禹豆麻佐」の姓を賜る。この地を太秦と称し
推古天皇の御代に至り、その報恩と繁栄を祈るため養蚕・
織物・染色の祖神を勧請したのがこ の社である。
養蚕・織物・染色の守護神である。


------------(木島坐天照御魂神社 案内板より)

「禹豆麻佐」→「太秦」。
諸説あるようですが「太秦」の地名は秦氏に関係していて
調べてみるとその内容は様々なようです。


★その2に続く。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-3940.html


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