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2022年07月15日 (金) | 編集 |
2022.5.13 参拝 
「金劔宮」にやって参りました。

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「白山詣双六」。
ここにもQRコードのスタンプラリーの看板が。

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「白山記」「源平盛衰記」などによれば、金劔宮は古来
白山七社の一つに数えられていた。木曽義仲が倶利伽羅谷合戦
の大勝を奉謝し、源義経の奉納が「義経記」に記されている。

----------------------(看板より)

【亀石】
石段あがってすぐ左手側にあったもの。
甲羅のこんもり具合といい何といい成る程確かに亀だ。
顔の部分も、ちゃんと亀の顔に見える。

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【天忍石】
小牛に似ているとあるけど…見えないよなぁ…

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 天忍石(牛石)について 
「社頭に影向石あり、天忍石と呼ぶ。古神霊此の石頭に降臨
したまへしと言う」(鶴来地誌 明治十六年刊)より。
尚、牛石とも言う。形状小牛に似ている故なり。
※影向=神仏が一時姿を現すこと。


----------------(金劔宮 境内案内板より)

お賽銭を置くことは遠慮してねという注意書き。

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【義経腰掛石】
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源義経、奥州へ落ちのびる途次、金劔宮に詣でた。
その折境内のこの石に腰掛け、眼下に広がる平野や手取川を
眺めたと伝えられる。
義経記巻七に「安宅の渡りを超えて根上の松に着き給ふ」
……明くれば白山に参りて女体后の宮(白山比咩神社)を拝み
参らせて、その日は剣の権現(金劔宮)の御前に参り給ひて、
御通夜あり、夜もすがら御神楽参らせて……」
と、あるによるなり。
尚、往古義経笈掛の松もありしと言う。

※笈=修験者や修行僧が経典や衣類を入れて背負った葛篭。

----------------(金劔宮 境内案内板より)

境内案内図。

20220513_金劔宮_012

なぜか拝殿の外側はガラス張りになっている。
こういう神社ってあまり見ないよな…
さて、それはさておきお参りしましょう。

20220513_金劔宮_013

金劔宮
https://www.ishikawa-jinjacho.or.jp/shrine/j0899/
御祭神/瓊々杵尊 
   大国主神・大山咋命・日本武尊・事代主命・猿田彦命
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由緒・本神社の創立は崇神天皇の三年三月とす
  (神社蔵記録諸 神記・白山記攻証)
創立・けだし鶴来町の発生と同時にこの地に鎮齋せられた
 もので 鶴来町の古地名は劔と記し社名又古く劔宮・劔神社
 と唱えた。このことは地名と社名が一致したる好個の事例
 である。近世に至って専ら金劔宮と奉称した。
隆盛・中世以来白山七社の一に数えられ内、白山本宮・三宮
 ・岩本 と共に本宮四社と称した。神仏習合時代本社は隆盛
 を極め宝物殿・拝殿・講堂・宝蔵・ 三重塔・鐘楼・荒御前、
 糺宮、大行事、乙劔(白山荘厳講記録) 等所謂七堂伽藍
 雲長に聳え神官社僧多く劔白山の神人衆徒と号して勢力を
 有した。應永十八年に大般若経六百巻を出版して神前に
 奉納した。超衝・又寛正六年に善光寺紀行を降って
 文明十七年北國紀行を著した堯恵は共に本宮の住侶社僧で
 あった。又源義経の参拝(義経記七)木曽義仲の奉賽
 (源平盛衰記二九)の史実を始め武門武将藩主領主の武神
 としての崇敬の篤かったことは諸書に明らかである。

-----------------------(↓続く)

20220513_金劔宮_014

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神事・神事としては古くは競馬・流鏑馬舞童等が行われた。
  又神社の神輿は白山・佐羅と共に三大神輿といい叡山を
  経て時あって上洛したので京野にもその名が聞こえた。
  現在十月三日・四日、秋季祭神事の神輿渡御とこれに伴う
  神賑催物獅子舞(捧ふり)・名物造物等はこの神輿ぶりの
  伝統を伝えその優美で勇壮な賑いは他に類を見ない。
旧社格・明治五年十一月二日郷社、明治二十八年十二月二日
  県社に昇格。大正十三年四月三日御創立二千年祭を、
  又昭和三十七年 十月五日御創立二千五十年祭を執行して
  現在に至っている。一方明治三十九年境外末社・大國社・
  恵比須社・日吉社・ 大鳥社・四社を合併。明治四十一年、
  境内末社菅原社、 大正三年には村社日吉神社を夫々合祀
  した。

------------(金劔宮 境内案内板より一部抜粋)

【御神木】

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【金劔宮の絵馬】
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★その2に続く。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-4093.html


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