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2014年09月24日 (水) | 編集 |
2014.9.23参拝
焼津市の町の中にとある小さな神社がございます。御祭神は天照大御神。
ココにはこんな物語が残されているので紹介したいと思います。

※私が参拝したのは三ケ名にある『神明宮』。
そして三ケ名と隣り合わせの場所に五ケ堀之内という場所があるんですが、
物語に出てくる神明宮はもしかしたら五ケ堀之内にある『伊勢神明宮』
の方かも知れません(GoogleMapのストリートビューで確認したところ、
神明宮よりも小さいものでした)。場所を間違えていたらすいません。

20140923_shinmeiguu_001.jpg

神明宮
http://shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4407037
御祭神:天照大御神
----------------------------------
字伊勢島(あざいせじま)と伊勢神明宮

 それは平安の終わり頃の物語です。大井川が自由に流れ、
入江もあちこちに見えて潮の満ち引きも豊かな頃のことでした。
三重県の伊勢神宮では、新しい年におまつりするお札を東国へ配るため、
毎年船を使って運んでいました。ところがある年、この船が駿河湾沖で
津波に巻き込まれてしまい、大きなうねりと共に三ケ名の岸辺に乗り上げ
てしまいました。伊勢神宮のお札を運ぶ恐れ多い船と知ったっ村の人々は
身を清め、お札の陸揚げを手伝いました。村役たちはさっそく伊勢神宮
へと旅立ち、事の次第をお知らせしました。

 この手柄により、伊勢神宮からは直々におほめをいただき、これより後、
この村には伊勢神宮の祭神、天照大御神の分霊をおまつりすること、
そしてこの地を「伊勢島」と命名するようにとの知らせがありました。
村人たちはたいへんに喜び、みんなで相談して、社を作ることにしました。

 こうして神明宮は伊勢島の地区におまつりされ、以来、地区の人から
信仰を集めるようになりました。今ではこの辺りは「五ケ堀之内」と
言われていますが、明治時代、字名(あざめい)を改める以前は、
「小柳津村柳新屋郷伊勢島」と呼ばれていました。


-------------(企画展「やいづの昔ばなし」冊子より抜粋)

20140923_shinmeiguu_002.jpg

以前ちょっと調べた情報なんですけれど…
色々と諸説あるようですが、その内の一説によると、
現在の地名『五ケ堀之内』という名前は津波が由来になっている物だそうな。
大地震により、この辺りを襲った津波で堀が五つ出来た事から「五ケ堀」。
うぉぉ!怖えぇー! (((;゚Д゚))))))(記事:©SERUNA)

焼津と海は切っても離せません。こういった物語も残されているくらい、
(ちなみに他にもまだ、焼津には津波に纏わる昔ばなしが残されています)
歴史的に見ても津波からは逃げられない問題だったりするのかもなぁ…


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