御嶽神社の詳細などをメモとして置いておきます。
どこぞのまとめサイトのコメ欄で、御嶽神社は女の神様だと言っている人
がいましたけれど、女神様は四合目の十二大権現にいらっしゃる、
木花開耶姫命のみです。国常立尊・国狭槌尊・豊斟停尊には性別が無く、
大己貴命(=大国主命)と少彦名命は男神です。お間違いの無きよう。
御嶽神社
http://www.ontakejinja.jp/index2.html
古来登山するには麓で百日精進潔斎の修行をしてから登拝したもので
ありましたが、後世の天明2年(1782年)に覚明行者が黒沢口登山道を、
寛政4年 (1792年)に普寛行者が王滝口登山道をそれぞれ開き講社を作り
軽精進潔斎で盛んに登山を奨励し、続いて一心行者、一山行者もこの跡を
継ぎ又、諸行者 相継いで神山の尊きこと全国に広まり、今日の盛大なる
御嶽講社の基礎となっています。
↓ YouTubeから。
どなたかが先月にアップロードされている山頂の動画を拝借。
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境内マップ
http://www.ontakejinja.jp/map.html
【里宮】(一合目)
御祭神:国常立尊、大己貴命、少彦名命
御嶽山の一合目里宮石鳥居より木曽五木の大木を左右に見て368段の
石段を登ると荘厳な立巌の下に里宮の社殿が建てられている。
古くは御嶽三十八座の一つで、木曽氏の特別の崇敬により、
三十八座の首座・木曽の惣社としてあがめられた。
【十二大権現】(四合目)
御祭神:木花開耶姫命
御嶽山四合目に鎮座し、子授け、子育ての御神徳があります。
【八海山神社】(五合目)
御祭神:国狭槌尊
御嶽山五合目に鎮座し、眼病平癒の御神徳があります。
・大江大権現(海抜2285M)
明治初年まではここまで女人の登拝が許されていた。
田の原の小屋を籠り堂とよび、女人堂としての役割を果たして
いたものである。昔はここが七合目であったが、
今では田の原を七合目としている。
【田ノ原大黒天】(七合目)
御祭神:大国主命
御嶽山七合目に鎮座し、商売繁盛、開運の御神徳があります。
【三笠山神社】(七合目・三笠山頂上)
御祭神:豊斟停尊
御嶽山七合目、三笠山頂上に鎮座し、道中安全、
交通安全の御神徳があります。
・金剛童子(八合目・海抜2475M)
古来、登山する道者たちはワラジを必ずここで履き替え、
また用便はこれより上では紙の上にしなければならないという
禁制があった。現世と黄泉との境。
【御嶽神社奥社】(御嶽山王滝口頂上・海抜2936M)
御祭神:国常立尊、大己貴命、少彦名命
御嶽山王滝口頂上に鎮座し、文武天皇の時代大宝2年(702年)
信濃国司高根道基が創建。光仁天皇の宝亀5年(774年)
信濃国司石川朝臣望足が勅命を奉じ登山し、悪疫退散を祈願。
延長3年(925年)白川少将重頼が登山し神殿を再建した。
応保元年(1161年)後白河上皇の勅使が登山参拝された。
日の権現と呼ばれた霊地で、絶頂剣ケ峰に祀られていた王権現、
士祖権現とともに 頂上の三権現として信者から崇敬されている。
・頂上から左の道を行き、日の御門、
月の御門をくぐると『奥の院』(海抜2940M)へ。
剣が峰は霊峰御嶽の頂上(海抜3067M)である。
-------------ーーー(御嶽神社 公式サイトより抜粋)
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