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2015年01月28日 (水) | 編集 |
『菟足神社』と関連のある場所です。
まだ神社の記事を読まれていない人はこちらからどうぞ。

http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-609.html

2015.1.24探訪
神社からはそんなに離れていない場所にありました。
場所で言えば菟足神社からは目と鼻の先。国道247号を超えると
ニチレイがあるんですが、その敷地の外側にあります。

『子だが橋』は、小坂井と下五井の境界付近に架かっていた橋。
現在橋はありませんが、ココにはこんな悲しい物語が…

20150124_kodagabashi_001.jpg

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『子だが橋』
 子断が橋ともいわれ、明治時代には「小田橋」と書いてあった。
およそ一千年前菟足神社には、人身御供があり、春の大祭の初日
にこの街道を最初に通る若い女性を生贄にする習慣があったと
伝えられている。

 ある年のこと、贄狩に奉仕する平井村の人の前を若い女性が
故郷の祭礼と父母に逢う楽しさを胸に秘めて、暁の街道を足早に
通りかかり橋の上まで来た。見ればわが子である。
「ああ、いかにすべきか」と苦しんだが、神の威光の尊さに
「子だが止むを得ん」と、遂に生贄にして神に奉った。
 それからこの橋のことを、子だが橋と呼ぶようになったという
ことである。

現在、菟足神社では、十二羽の雀を贄に替えておこなわれている。


------------------(子だが橋 案内板より)

20150124_kodagabashi_002.jpg

現代の価値観で言えば随分残酷な話になってしまいますが、
ずっとずっと昔は、人柱を立てる事は珍しくありませんでしたし、
日本各地にはこういった物語が幾つか残されています。

「でも、それにしたって自分の娘を生贄にだなんて」
と思うでしょ。実はこの話の真実はこうなのだそうです。

子だが橋の真実
菟足神社の祭りの日には、若い娘が『巫女』となって神に仕える
ため社殿に籠ったのですが元の意味が忘れられ、いつしかそれが
神に捧げる生贄話に変化してしまった。

(情報ソース:二年前の『広報とよかわ』より)

…というお話だったとさ。

(´;ω;`)「くそぅ、私の涙を返せッ…!」
SERUNA:「みんな拍子抜けしたかな。大丈夫、私もだw」


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