この日の時系列についてはこちらを参照下さい。(´∀ ` )ノ
→ http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-603.html

2015.1.24参拝。
神社に訪れて鳥居をくぐるとまず目に飛び込んでくるのが『多宝塔』。
国指定重要文化財(建造物)/明治四十年五月二十七日指定。
嘉祥三年(850)僧円仁が神宮寺を創建。知立神社の別当寺として
多宝塔を建立。寺は天文十六年(1547)兵火により焼失するもこれは
災禍を免れており、神宮寺の遺構と考えられています。明治の廃仏棄釈
の際には神社の文庫として難を逃れ、本尊であった愛染明王は、
廃仏棄釈で撤去されたまま現在は総持寺に安置されているとの事です。

知立神社の境内には池があり、ここに花崗岩で組まれた太鼓橋が。
全長6.6m・幅2.4m・水面より高さ1.7mのもので、欄干南側右柱には
「享保十七年十一月吉日敬白」と刻まれており、この池について
『東海道名所図会』には「石橋は神籬の外にあり、池を御手洗という、
片目の魚ありなん」と書かれているそうです。
知立神社『片目の鯉』の物語はこちら。
→ http://www.city.chiryu.aichi.jp/0000000050.html
大正時代まではこの池で目を洗う人々がいたのだとか何とか。

この日は境内で何かの撮影が行われていました。
数名のスタッフと共に、着物を身につけた女性がいましたが、
観光用の写真でも撮られていたんでしょうかね?
特に、有名な人というワケでは無かったでしたけれども。

知立神社
http://chiryu-jinja.com
御祭神:鸕鶿草葺不合尊、彦火火出見尊、玉依比売命、
神日本磐余彦尊(神武天皇)
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知立神社は、池鯉鮒大明神とも称し、古来三河国第一の名社で、
東海道沿線屈指の大社であります。
抑々当神社は、第十二代景行天皇の御代、皇子日本武尊が大命を
奉じて東国平定の砌、当地に於て皇祖の神々を祭って国運の発展を
祈願し給ひ、依って以て数々の危難を脱して平定の大功を完うし
給へるにより、其の報賽のため、建国の祖神、彦火火出見尊、
鸕鶿草葺不合尊、玉依比売命、神日本磐余彦尊(神武天皇)の四柱
の皇大神を奉斎あせられた。国家的由緒あるお社であって後世、
文化の恩神聖徳太子を合わせ祀り、相殿には当碧海地方開拓の祖神
青海首命をもお祀り申上げてあります。
--------------(知立神社 参拝の栞より一部抜粋)
5月2日・3日には『知立祭』が行われ、知立五ヶ町より曳き入れた
山車や、車上にて知立のからくりや、文楽が上演されるそうですよ。
人慣れした鶏がいました。可愛かったッス。

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