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…っというわけでドンっと!
美しい拝殿ですねー。
そしてこの後ろには三輪山(拝殿の奥は禁足地)。
山そのものが大神神社の御本殿といった具合になるのです。
拝殿の間には『三ツ鳥居(三輪鳥居)』があります。もしもこれを
拝観したいという場合は、参集殿にて申し込みを行って下さいね。

大和国一之宮 大神神社
http://oomiwa.or.jp/
御祭神:大物主大神/配祀:大己貴神、少彦名神
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当社の創祀に関わる伝承が『古事記』や『日本書紀』
の神話に記されています。『古事記』によれば、大物主神大が
出雲の大国主神の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭
の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀られることを
望んだとあります。また、『日本書紀』でも同様の伝承が語られ、
二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂・奇魂」であると
名乗られたとあります。そして『古事記』同様に三輪山に鎮まる
ことを望まれました。この伝承で大物主大神は大国主神の別の
御魂として顕現され、三輪山に鎮まられたということです。
この様に記紀の神話に創祀の伝承が明瞭に記されている事は貴重
なことで、当社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、
ご祭神の神格が如何に高かったかを物語っていると言えます。
そして、ご祭神が山に鎮まるために、当社は古来本殿を設けずに
直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前
の原初の神祀りの様を今に伝えており、その祭祀の姿ゆえに
我が国最古の神社と呼ばれています。
「大神」と書いて「おおみわ」と読むように、古くから神様の
中の大神様として尊ばれ、第十代崇神天皇の時代には国造り神、
国家の守護神として篤く祀られました。平安時代に至っても
大神祭、鎮花祭、三枝祭が朝廷のお祭りとして絶える事なく斎行
され、神階は貞観元年(859)に最高位の正一位となりました。
延喜式の社格は官幣大社で、のちに大和国一之宮となり、
二十二社の一社にも列なるなど最高の待遇に預かりました。
中世には神宮寺であった大御輪寺や平等寺を中心に三輪流神道
が広まり、広く全国に普及し人々に強い影響を及ぼしました。
近世に入ると幕府により社領が安堵されて三輪山は別格の保護を
受け、明治時代にはその由緒によって官幣大社となりました。
現在も国造りの神様、生活全般の守護神として全国からの参拝が
あり、信仰厚い人々に支えられて社頭は賑わっています。
-----------------(大神神社 公式サイトより)
ふと思い出しましたがそういえば、去年の十一月には、
天皇皇后両陛下がここ、大神神社へ参拝に訪れていますね。

【大国主神が、大物主大神を三輪山に祀った話】
以前私が描いた古事記漫画を当ブログで公開していますので、
読みたいかたや、まだ読んでいない人はコチラをどうぞ♪ ( ^ω^ )
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★その3に続きます。( ´ ▽ ` )ノ
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