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定食屋さんに訪れるような感覚で見てもらえたら嬉しいです。中身は趣味のネタ色々。ヲタクなネタから神社めぐりまでw
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2015年06月28日 (日) | 編集 |
その1から読んでいない人はこちらから。
http://ajiteiseruna.blog.fc2.com/blog-entry-809.html

参拝当日に写真撮影の許可はいただきましたが当方の判断にて、
門より内側の社殿の写真のみブログに掲載は致しません。


熊野本宮大社の社殿は、第十代崇神天皇六十五年に創建されたと
『神社縁起』『帝王編年記』『皇年代略記』『延喜式神名帳』に
記載されていますが、実は神武天皇の御東征以前から既に、
御鎮座されていたと伝えられているそうです。

熊野本宮大社は現在の大斎原の場所にあったのですが、
明治二十二年、熊野川の大洪水の際に大きな被害に遭ったため、
その二年後の三月に上四社を現在の場所に遷し祀り、大斎原には
中四社と下四社の石祠二殿を造営し、現在に至っています。

↓四年前にも台風被害があって酷かったようですが…
http://www.city.tanabe.lg.jp/kouhou/kankoubutsu/files/h23t12-w2.pdf
しかしここはよく水害に遭う地域ですね。復興するまでさぞ大変
だったことでしょう。

熊野本宮大社
http://www.hongutaisha.jp/
【上四社御祭神】
第一殿(西御前):夫須美大神(伊邪那美大神)、事解之男神
第二殿(中御前):速玉大神(伊邪那岐大神)
第三殿(本社):家津御子大神(素戔嗚尊)
第四殿(東御前):天照大神

-----------------------------
 熊野国造家の開祖は天孫邇邇藝命の御兄君 天火明命です。
その子孫に当たる高倉下は熊野の村に在って 神武天皇に天剣
布都御魂を献げてお迎えし、時を併せて高御産巣日神は天より
八咫烏を遣わし大和の橿原まで導かれました。

第十代崇神天皇は大和民族の旨は神を祀ることとお考えになり、
時を前後して神宮(伊勢)や本宮(熊野)が奉祀されました。
第十三代成務天皇の御代には国々の境(県境)が決められ、
紀伊半島の南半分が熊野の國と定められ 初代の国造には高倉下
の子孫大阿斗宿禰が就任しました。

 この様に熊野国造家とは天津神の子孫で、
物部氏の先祖に当たり、特に天神地祇の子孫に当たる氏のこと
を神別諸氏といいます。神代の時代、この地を治めた天孫系
神別諸氏の日神信仰によって創立したのがこの本宮で、
それは熊野の大神の神道が太陽の化身「八咫烏」であることも
本宮祭神の始元が日神であったことを物語っています。

熊野信仰とは一言で云えば太陽の黄泉返りを願う祭礼です。
その後本宮は千数百年に渡り 熊野国造家の子孫によって代々
お祭りされることになります。


------------------(熊野本宮大社 栞より)

※大きな参拝の栞が手元にあるのですが、これよりもかなり文章
が長めだった為、御朱印を頂いた時に挟んであった小さな栞の文
を抜粋して掲載しました。

さて、お参りですが…『第三殿 → 第二殿 → 第一殿 → 第四殿』
の順で参拝しましょう。御本社のスサノオさんが先ですよ。

そして第一殿、第二殿、第三殿、第四殿の隣にある小さなお社は
『満山社』で、御祭神は「結ひの神(八百万の神)」。
第一殿〜第四殿を参拝してから次にお参りする場所です。


下の写真は拝殿。先程の場所でお参りが済んだら、
あとは特にこの拝殿での参拝は必要ないかと思われます。

20150524_kumanohonguu_011.jpg

ここからもうちょい、
テンションの上がる神社アイテムを掲載しようw

八咫烏ポストぉー♪(テレテテッテテー♪)

20150524_kumanohonguu_012.jpg

毎日収集しているので、普通にお手紙が出せますよ。
ハガキは社務所に申し出ましょう。八咫烏の記念スタンプを
押してもらえるそうです。

うっひょぉぉ!カッケぇぇぇ!

20150524_kumanohonguu_013.jpg

御由緒にもあります通り(記紀にも書かれていますね)、
八咫烏は神武東征の際、神武天皇を無事に大和国まで無事導いた
三本足のカラスでございます。熊野では八咫烏が神の使いとされ、
八咫烏の三本の足は熊野三党(宇井・鈴木・榎本)を表すとも
言われ、熊野本宮大社の主祭神『家津御子大神(素戔嗚尊)』
の御神徳である「智・仁・勇」又は「天・地・人」を表している
とも言われています。

20150524_kumanohonguu_014.jpg

八咫烏といえば日本サッカー協会のマークになっていますね。
日本の建国神話に登場した道案内の聖なる鳥は、日本のシンボル
にも相応しく、日本チームを勝利に導いて欲しいという願いを
込めて使用されているのだと思います。ちなみにあのマークは、
明治時代、サッカーが日本に始まった頃から使用されている
らしいですよ。

YouTubeにあった『八咫烏神事』の動画を拝借。


(=゚ω゚)ノ 「先生ー、動画の最後は何をしているの?」
SERUNA:「牛玉宝印にえいっ!と押印しているところです」

『牛玉宝印』というお札について
http://www.hongutaisha.jp/熊野牛王神符/
魔除けのお札だけではなく、裏面に約束事を書かせて相手に渡す
『誓約書』としても使われてきました。熊野のお札に誓約する
ということは、神に誓いを立てるという事。
もしも誓約を破れば、熊野の使いのカラスが1〜3羽死に、
誓いを立てた者も血を吐き死に、地獄へ堕ちる
とされています。

((((;゚Д゚))))))) うわぁ…こえぇぇぇ…

「約束するのであれば確かな誓いと実行を示してね」
って事でしょうかね。現代の人たちは口だけの約束事が多すぎ
ますので、本当に血反吐吐くのであれば書かせてみたいッスw
(きっとみんな死ぬ気で頑張るだろうなw)

歴史上の中で牛玉宝印は、源義経と藤原泰衡の契約や、
関ヶ原の戦いにおいて家康と諸大名との誓紙、
そして赤穂四十七士の連判状にも使用されたそうです。

ちなみに熊野本宮大社にて挙式をされるカップルさんへ。
婚礼の誓詞の裏側にはもれなくこの御神符が貼布されているぞw
夫婦の誓いを破ったら、血を吐いて地獄逝きだからなっ☆


この『牛玉宝印』は熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社
で、それぞれデザインが違いますので、興味がありましたら是非
すべてのお札を手に入れてみてほしいです。


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