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2015年11月03日 (火) | 編集 |
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さて、ハルニレの木を見たらお参りしましょうか。
東口本宮のこの雰囲気は本当に好きです。
その2でも言いましたが、とにかく女性的な雰囲気が堪らない。
その美しさに魅入られてしまうような感じで眺めていました。

…えーと、もうちょっとココに居ていいですか?w

20150707_higashiguchi_014.jpg

富士山東口本宮 冨士浅間神社
http://www.higashiguchi-fujisengenjinja.or.jp
御祭神:主祭神/木花咲耶姫命
    相殿神/大己貴命、彦火火出見命
-----------------------------
 平安時代初頭、桓武天皇の時代・延暦21(802)年、
富士山東脚が噴火した。当時の国司・郡司(朝廷の役人)は、
恐れおののく住人のために鎮火の祈願を行うべく、富士山東面・
須走の地に斎場を設け、鎮火祭を斎行した。すると、同年4月
初申の日に噴火が収まった。この御神威を畏み、報賽するべく、
平城天皇の時代・大同2(807)年に鎮火祭跡地・現在の御社殿
の地に神をお祀りしたことが、当社の創建と伝えられる。

 創建後まもない平安時代には、弘法大師(空海・真言宗)が
当社にて修行を行い、富士登山をしたという伝承も存在した
ことから、かつて中世期頃までは弘法寺浅間宮と称されていた。
室町時代後半(戦国期)・江戸時代には、一般庶民による富士山
登拝信仰・富士講や修験道者の信仰を集め、須走口登山道・
須走の宿場町とともに栄え賑わった。
この頃より、須走口登山道の9合目・迎久須志之神社、6合目・
胎内神社、5合目・古御岳神社、4合目・御室浅間神社、2合目・
雲霧神社は当社の神主により祭祀が行われていた。

 明治時代に入ると、明治政府による国家神道の方針の下、
全国神社は国家の管理下におかれ、当社は県社(静岡県が管理
する神社)の社格が授けられた。
大正時代から昭和時代初頭は富士講による登山参拝者が最も
増えた時期であり、当社に点在する講碑群はそれぞれの講社に
より建立・寄進されたものである。

 現在では、富士山本宮浅間大社(富士宮市・富士宮口)、
北口本宮冨士浅間神社(富士吉田市・富士吉田口)等と共に、
富士山登山道の麓に鎮座する神社として、崇敬を集めている。
去る平成19年には御鎮座1200年の佳節を迎え、
例大祭に合わせて御鎮座1200年記念式年大祭が斎行されたほか、
記念事業の一環として宝物や富士講等の資料を展示する資料館が
社務所に併設された。平成25年には、信仰の山・富士山の構成
資産の1つとして、富士山とともに世界文化遺産に登録された。

------(富士山東口本宮 冨士浅間神社 公式サイトより)

20150707_higashiguchi_015.jpg

下の写真は賽銭箱。描かれているのは神紋の『桜』。
桜は木花咲耶姫を象徴するもの。富士山、大自然の恵みの水、
そして桜と、これらは日本の最も美しいものであります。

(=゚ω゚) 「咲耶ちゃんは間違いなく美人だね」

20150707_higashiguchi_016.jpg

社殿のそばに小さな池がありましたが、
そこに亀の甲羅のような石が置いてありました。
『長寿亀石』と案内板にありました。見事なまでに亀の甲羅の
形ですね。亀は万年…っと。石についたコケが美しいですな。

20150707_higashiguchi_017.jpg

金魚もいましたよー♪

20150707_higashiguchi_018.jpg


★その4に続きます。
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